「再見理想(ツァイチエンリーシャン)」(理想に、グッバイ) 後編
(前編からのつづき)
ネット上の記事には、こうあった。
「今日、9月18日、全国各地で入学試験を受けていた高校時代の友人たちが、知らせを聞いて続々と上京した。沈痛な面持ちで、最後の対面を望んでいる。
学校側は、一切を明らかにしておらず、現在、遺体がどこにあるかもわかっていない。新聞の報道によれば、事件の当日、警察が袋に入れて遺体を持ち去ったとのことだ。
太陽のように明るかったという少年が、一瞬のうちに、袋づめの死体と化した。彼を愛する者たちはこの先、どうやって生きていくのか?
事件現場には、少年が落下した際に砕けたとみられる街灯の破片が散乱し、飛び散った血のあとと白いTシャツが残されていた。」
ホームページの掲示板には、親友たちが伝言を残した。
「おい、オレは送りにいかないぞ。冷たくなったお前が、イケてない格好で横たわっているなんて、考えたくもないんだ。悪いけど、今回は見送らない。さよなら。お前はオレの最愛の兄弟を奪ってしまった。どうしてくれる!?」
「あいつはいつもまわりの人間を楽しませようとしていた。こうしていると、ひとつひとつ思い出して、つらくなる。この世界で、いったいどれほど多くの人が、二度と戻ることのない人を待ち続けているのだろう・・・」
9月19日、つまり明日ね、北京のあちこちにいる同級生たちが、彼のお葬式をするために集まることになった。故郷を遠く離れた北京の初秋、彼の家族も親戚もいない。私たちは、さみしく凍えている魂を、あたためてあげなきゃいけない。
亡くなったあの子は、私たちのきらきらした日々の象徴だった。本当に悲しくなってくる。彼が去ったことで、たくさんの美しい理想が否定された気がするの。彼の理想、そして私たちの理想。青春にたいする、成長にたいする、恋愛にたいする、家族にたいする、前途にたいする、大学にたいする、社会にたいする、世界にたいする、生命にたいする、あらゆる理想。すべてが泡みたいに、はじけて消えてしまった。
私たちは彼の死を悼み、私たちの青春の死をも悼む。
どこかでみた映画のなかに、サクラの精神を信奉していたという、昔の日本の若いひとの話が出ていた。サクラの花が一番美しいときに散るように、生命ももっとも美しいときに終わるべきだって言ってたな。
大人の社会への入り口で、少年は憂鬱になり、躊躇した。未来もない、光もない、ただ失敗と失望しかない、と感じたのか。もしくは、決定をくだしたその瞬間にただただ、これ以上成長したくないと、感じただけなのかもしれない。空中に身を投げた瞬間、彼の魂はpeter panに変わった。美しすぎる子ども時代は、朽ちることのない落ち葉みたいに、おとぎ話の一ページのなかで永遠に静止し続ける。
大人はこういうふうに分析するのかもね。現実とは残酷なものだ。普通のくらしをひきうけていくことのできない少年たちは、社会に入ることを拒絶し、成長を拒絶し、憂鬱な青春哀歌のなかを死にむかって進んでいくことしかできないのだ、と。
だけど、新聞の冷たい記事のむこうにあるものを、大人たちがどれだけ分かっているというのだろう。ひとつの若いいのちが体現していた生命の意味。彼の魂が他の魂と触れ合ったときの、あのあたたかくて美しい記憶。
ニュースの記事は残酷だよ。新聞不信になりそう。文字の裏側にあるもの、あまりにも大きな苦痛、もしくはあまりにも大きな美を、本当にわかる人は誰もいない。
この世界のどこに、真実があるのかな。『金剛経』は、「一切の有為(うい)の法は、夢、幻(まぼろし)、泡、影のごとく、露のごとく、また電(いなずま)のごとし。まさにこのごときの観(かん)をなすべし」、だって。
親愛なるmaiko、話したいことがまだまだたくさんあるよ。だけどなぜか、涙があとからあとから溢れてきて止まらないんだ。今日はこのへんでやめとこうかな。彼の尊厳のために、ネットのニュースに載っていた醜い現場写真(※訳注1)は、添付しないよ。現実は醜いものだね。それと、彼の名前や、学校名もここには書かなかった。ていうのも、今のところ、日本で働いている彼のお父さんも、中国にいるおじいちゃんやおばあちゃんも、まだ何も知らずにいるの。彼は一人っ子。特にお年寄りには、つらすぎる。分かってね。
彼と同じクラスだった私のいとこは、知らせを聞いてから、もう全然だめみたい。電話ごしに、何度もすすり泣いていた。
私のいとこのように、生前の彼と仲のよかった友人たちは、みんなで約束をしたの。しっかりと、楽しく、生きていくこと。そして、彼との賭けで、長い長いあいだ会えないゲームをしているのだと、思うことにする。彼はいまもキャンパスをぶらついたり、バスケットボールコートにいたりして、十歩も歩かないうちに会えるのだと、思うことにする。何かつらいことがあっても、彼に聞いてもらいたいことは、口にすれば全部聞こえるところに、彼はいるのだと、思うことにする。
ゲームをしているなら少しは愉快だし、それでも気にかかってしまうなら、彼は遠い外国に行ったのだと、思うことにする。呼吸して生きているということは、それでもなお祝福すべきこと。もし泣きたくなったら、満員の観客を前に、笑い話でも披露して、彼を記念しよう(※訳注2)。
彼は現実の世界に別れを告げたけど、私はpeter panの世界に別れを告げなくちゃいけない。
あーあmaiko、ここのところ、私の話す声がえらく小さいって、みんなに注意されてるの。いやになっちゃう。だって、注意されても声を大きくできないし、かえっていっそう、沈黙していたくなるんだもの。なんかすごく悲観しちゃって。この世界にいったい、自分の翼を期するに足るものがあるのかな。理想のある人ほど、苦しい。この世でいったい、いくつの理想が実現するのかな。もし実現してしまったら、それはもう理想ではなくなってしまうのじゃない?
メールの題名(「再見理想」)は、私が勝手にあの子の気持ちを想像して、つけてみたの。それは、深い深い、絶望。でも、私が理想にグッバイするのは、現実に分け入り、積極的に生活していくため。
なにか新しい情報が入ったら、またメールします。私の悲観的なムードに影響されないでね。
私たちはいのちを大事にして、生きているこの一秒一秒をしっかり楽しもうよ。 一同、黙想!
今日は、ここまで。
2004年9月19日
Panda・huanhuan(※訳注3)より
※ 訳注1 中国の新聞には、事故・事件現場の遺体写真がそのまま載ることも少なくない。
※ 訳注2 この箇所は、香港の男性歌手、イーサン・チャンの歌、「活着多好」の歌詞を文字ったものと思われる。「こういうことにしよう、ぼくはいまも庭を散歩しているのだと。浴室でシャワーを浴びているのだと。十歩も歩かないうちに、抱きしめられるところにいるのだと。・・・ゲームのあいだは、少しは愉快で、ぼくのことを気にかける必要もない。・・・それでも呼吸しているということは祝福すべきこと。もし泣きたくなったら、満員の観客を前に笑い話を披露して、ぼくを記念しておくれ」といった内容。
※ 訳注3 huanhuan(歓歓)は、筆者チェン・ジャニの子どもの頃からのあだ名。彼女自身は、自分のことを「豚」と名乗ったり「PANDA」と名乗ったりもする。日本の上野動物園に、同じ名前のパンダ(ホワンホワン、1997年に死去)がいたことは、チェン・ジャニは多分知らないと思う。
<訳者から>
若年層の自殺の問題は、中国でもしばしば取りざたされる。たとえば2003年9月10月付の人民網の記事(http: //www.people.com.cn/GB/shenghuo/1089/2082039.html)は、「自殺は若年層の死亡理由の第一位」という見出しをかかげ、右のように述べている。「2000年の統計によれば、中国では年間約28万7000人が自殺しており、2分に1人が自ら命をたっている計算になる。自殺未遂事件も200万件発生している。
また、150万人が家族や親友の自殺による長期にわたる心理的トラウマに苦しんでいる。もっともおそろしいことは、15歳から34歳のまでの青年層では、自殺は死亡理由の第一位に挙がり、死亡総数の19%を占めていることである。」 もっとも、この記事からは、中国の若者の自殺率は増加しているのか、危機的に高いものといえるのか、まして、だとすればその社会的な背景は何か、といったことまではわからない。仮に統計の元データを分析しても、「自殺の社会的な背景」に、客観的に迫るのは難しいことだろう。
ただ、あくまでも雑談レベルの話として思い出したことを、ここに書いておきたい。中国の政治や社会の抱える矛盾は天安門事件のころから変わっていないのに、1989年のような若者の怒りの爆発が起こらないのはなぜだと思うか、と以前、ある人がチェン・ジャニに尋ねたとき、彼女は、それはたぶん去勢されているからでしょう、と答えた。でも去勢しきれないエネルギーもあるでしょう、それはどこへ向かうの、とその人が重ねて問うと、チェン・ジャニは黙って、自分のお腹をぷすりと刺す真似をしたのだった。
チェン・ジャニの同級生の自殺の原因は、彼女のメールからはよくわからない。
実のところ、ひとりの人間が死を選んだ理由なんていうものは、本当のところは誰にも、もしかしたら亡くなった本人自身にも、説明できないものかもしれない。ともあれ、残念なことだ。心の闇、なんていうのはいまでは月並みな表現になってしまったけれども、「太陽のよう」だったという男の子がその内側に抱えていたであろう暗闇に、死という出口しか準備されていなかったというのは、本当に残念なことだ。もし彼が踏みとどまって生きていれば、私たちはいつかどこかで彼に出会い、その暗闇の色や重さやもろもろの質感について、語り合うことができたかもしれない。機会は永遠に失われてしまった。
※筆者プロフィール
チェン・ジャニ(陳佳〓)
1985年中国雲南省・昆明生まれ。男の子を待ち望んだ両親のもとに授かった女の子。
遊びたい盛りの3歳から演劇・曲芸・京劇・絵画などを習い始め、コンテスト・フェスティバル・テレビ番組に絶え間なく出演する。15歳で個人散文集『童言有詐』、17歳で小説『猪未央』を出版。作家を志すも、まずは大学受験に苦しむ。北京の中国人民解放軍芸術学院に合格を果たし、中国文学を専攻するも、今度は映画を撮りたくなる。人生なかなか思いどおりにいかないことにようやく気づき、最近は静かになる。大学生活を送りつつ、初めての取材ルポ『中国青少年成長問題報告』を執筆中。
幼い頃から、科学嫌い、数学嫌い、名誉や利益に淡白、仏教を信仰する。趣味はダイエットと食べること。(〓は、女へんに尼)
※訳者紹介
maiko チェン・ジャニの友人。北京に滞在するあいだはルームメイトになり、東京に戻っているあいだはメル友になる。年齢はチェン・ジャニより10近く上だが、頼りないためかまったく年上扱いされていない。




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