戦争の記憶が原点となる
「開祖と娘〜生きていること自体が運がいい」
(少林寺拳法グループ総裁・宗由貴と野中章弘(アジアプレス)との対談です)


野中
戦争の取材に行くと、たくさん人が死んでいたりという光景をよく目にします。そういえば、由貴さんとも一緒にソマリアへ行ったことがありましたよね。
あの当時、80年代の半ばに何百万人という人たちが餓死をしていた隣国のチオピア避難民キャンプなど取材したことがあります。そこでは毎日早朝、穴掘りから一日の仕事を始めます。なぜ穴掘りをするのかというと、夜の間に体力のない子供とか病人が死んでしまうからなのです。夜の間に死ぬ人たちが一番多いから、まず朝一番、その人たちの遺体を埋めるのです。キャンプのすぐそばにパッーと土盛りが並んでいるのですね。
よく聞かれるんだけれども、そういう取材をしていて悲しくなりませんかって。「ファインダーが涙で曇ってくる」とかいう人もいるけど、僕はそんなことはないのですね。プロだから。死んでいる人間がいたら、その人間はどういうふうな死に方をしているかということを、一番正確にあらわせるようなアングルをとるように動く。いちいちそういうところで涙を流したり、感傷的になっている暇もないわけでしょ。周りも観察しなければ記事は書けないし、写真もきちんと撮らなきゃならない。
それでもやっぱりそういう現場をずっと歩いてきていると、どこかで自分の気持ちも傷ついている部分というのがあるわけです。自分でも意識はしていないんだけれども、何か本当にくだらない、昼のメロドラマか何かを見ているときにすごく涙が出てきたり。やはりどこか傷ついている所があったんだなぁと思うわけです。
宗
以前、タイのアランヤプラテートのカンボジア難民キャンプの取材をしたじゃないですか。
野中
そうね、由貴さんと一緒に行って…。
宗
野中さんからするとそういう体験をいっぱいしているわけでしょう。私は初めてで、ソマリアがあって、中国もあって、それにタイ。あそこは私からすると、もっと特殊だったんですよ、体験としては。いろいろなことがあったけれども、いま一番私の中に残っているのは何かといったら、2つあって、ひとつは、まずタイ・カンボジア国境に入るときにサインをしたこと。国境に入って何があっても政府は知らないぞ、責任はもたないぞ、ということに同意するためのサインでした。やっぱりその段階では全然実感がなくて、「ふーん」と思って書いたわけで、例えば、「えっ、こんなもの書かないと入れないの」とか、「怖い」とかって思ったかというと全然思わなくて、これはやっぱり知らない強さですよね。
実際にそこに入って、たまたま何か、道路だったのか何だったのか私は記憶ありませんけれども、向こうから一輪車か何かで物を運んでいたりするのを私がよけたら、何かすごい銃でバシッとはね飛ばされたんです。わけがわからなかったんですけど、そしたら、その周りに地雷が埋まっているから下りるなということだったんですね……。
野中
そういうことがあったね。
宗
ところが地雷というものが頭ではわかるけれども、どういうものかというのも頭でしかわからないから、そのときも怖いと思わなかったんですよね。ところが、難民キャンプの病院で、本当に野戦病院みたいに地雷の被害者なんかがどんどん運ばれてきて、何もないところで手術したりしていて、その光景に驚いたんですね。一番驚いたのは手術が終わってリハビリとかいろいろしている人たちのところに行ったときに、12〜13歳ぐらいの男の子と会ったときです。彼は「逆立ちして歩いていなくてよかったよ」と言ったのです。何を言ってるんだろうと思ったら、「逆立ちしてたら頭が吹っ飛んでいるよ」って。「足で歩いていたからこれで済んだ」って。
両足なくなって笑顔でそうやって言っている人たち。それを周りの人もふつうに見て笑いながら、話をしているって、あまりに自分の日常と違う光景なんですよね。初めてその人たちの生活というのでしょうか、そういうところで生まれ育って、その親もそうだというね。ずっとその中で生活している人たちと自分たちとの違いということを体感したんです。平和ぼけの意味というのを初めて実感したというか、今改めて思ってみて、何が一番印象に残っているかというと、その男の子の言葉なんですよ。
野中
そうね、逆立ちしていたら頭を吹き飛ばされていたからね。
宗
そう、だから逆立ちしていなくてよかったと言ったあの一言。笑いながら普通に言っていることが、彼らにとってみたらそういう中で生きてきたというか、生まれ育って、それが全てなんですよね。
野中
それはもう地雷を踏んだり、それからたまたま弾に当たって死んじゃったり、ひょっとしたら盲腸だって死んじゃうかもしれないよね。ちょっとした病気だとか、マラリアだってたくさんあるしね。だから人が死ぬということも、それは特殊なことじゃないし……。
宗
だから生きていること自体が運がいい、という感じでしょう。
野中
運がいい、そうそう。自分が死ぬ側に回っても不思議じゃないし、たまたま自分は生き残っているけど。そういう何というか、死生観というかな。またそういうふうに死というものに対しても、それはある種の運命というか、そんな大層なことじゃなくても、たまたま何かの拍子にポコって死んじゃうんだよとかね、別に特別なことがなくても、そのキャンプの周りを歩いていて地雷を踏んじゃったらすぐに死んじゃうし、そういうことはよく起こるんだよ、というような、もう死ぬということは当たり前という感覚は、やっぱり死というものをなるべく遠ざけていくという、この日本の社会の中で生きていると、それは全然違うよね、感覚というのがね。
どっちがいいとか、どっちが悪いという話ではないんだけれども、ただ日本に生きている人たちの感覚というものは、人間が痛みを伴いながら死ぬということだとか、死ぬことに対しての痛みとか悲しみとか、そういうものに対する想像力が社会にどんどん欠けていっているという、そういう実感はものすごく僕の中にもあるんだよね。だから、死がやたら怖いものだとか言う必要はないけれども、しかし、どうして、そういう人間の苦しみとか悲しみとか、そういったものがどうして実感を持って受けとめられないのか、という疑問はありますね。
(続く)



