私の乗った飛行機が、四川盆地特有の濃白色の霧のなかを飛び立ったのは5時40分。地上にいても数十メートル先は霞んでよく見えないような天候だから、トランジットで立ち寄っただけの成都の街は、すぐに霧の下へと見えなくなった。
夢中で本を読んでいて、ふと顔をあげると、飛行機はすでにぶ厚い雲をぬけて、晴れ渡った空のなかを飛んでいる。一面にひろがる雲の海の水平線に、夕陽が沈もうとしていた。
ここまでなら、これまで何度も見たことのある風景だ。目を疑ったのは、雲の海のなかに陸地が見えること。太平洋に無数に散らばる無人島のように、黒い陸地が雲のあいだに突き出て、夕陽を浴びている。・・・山、か!
地図で四川省・成都から青海省・西寧への道筋を辿ってみる。四川省/青海省/甘粛省が接するあたりには、岷山(ミンシャン)山脈、アニマチェン山など、 4000〜6000メートル級の峻峰がそびえていることがわかった。正確な航路がわからないので、見えているのがどのあたりの山なのかはわからない。太平洋の島との違いは、てっぺんに雪をかぶっていることだ。
雲の白と、山の黒。夕陽の黄金と、空の紺。人っこ一人いない、不思議な風景。極楽浄土があったらこんな感じかと、柄にもなく手を合わせたくなる。
というのも、今まで読んでいたのは、友人が贈ってくれた『仏教発見!』(西山厚、講談社現代新書)。お釈迦様、鑑真和上、最澄、明恵上人、といった仏教史上の人物をとりあげて、易しく仏教を語った本だ。著者が、経典や伝記などの仏教史の資料のなかから、生き生きと血の通った人物を立ち上げていること、そうした人物たちを立ち上げてくる営みが、著者自身の切実さに支えられていることに感銘を受けた。教養になるとか取材の基礎知識になるとかというよさもあるけれども、それ以上に、生きること・死ぬこと、他人とともに生きて死に行くことについて、切実に考え抜いた過去のひとびとと、交感するひとときを与えてくれるという意味で、いい本だと思う。
雲の上の極楽浄土。APNのために窓ガラス越しに写真を撮った。でも、この美しさが撮れないのはわかっている。
いまから仏教を深く信じるチベットのひとたちのいる場所へ行く。人影のない窓の外の風景は美しいけれども、人のいる風景のなかに、まがいものでない美しさをみつけることのできた瞬間ほどすばらしいものはない。そういう幸福な得がたいひとときが、ときには訪れると信じるからこそ、取材者という仕事を選んでいるのだと思う。
(12月2日)



