
雲南省の省都・昆明(クンミン=人口400万)に来た。6月からアプローチし続けていた少数民族出身の舞踏家、ヤン・リーピンにようやくインタビューできる。4月に北京で、彼女がプロデュース・出演した舞台「雲南映像」を観て、うおおおお、と心動かされて以来、ずっと会いたいと思ってきた。
9:30 まだかなり怪しい中国語しか話せない私のために、通訳をつとめてくれることになったチャイ・リーに会う。大学で英語を教えている。年齢は私と同じくらい。会うなり、「大丈夫?ヤン・リーピンは南米で公演中のはずだけど」。ヤン・リーピンはおととい帰国したばかり。若干の時差ありで「南米公演大成功」の記事に触れているこの街の人たちは、私がインタビューに来たというと、みな訝る。
10:00 お茶を飲みながらチャイ・リーと相談の結果、私が中国語を使って質問し、困ったときだけ英語で助けてもらうかたちをとることにする。あまりインタビューの時間をもらえないだろうから、いちばん効率のよい方法がいい。私が英語まじりの怪しい中国語でつくってきた質問を、2人で話し合いながら、きちんとした中国語になおしていく。チャイ・リーが積極的に取り組んでくれて、ありがたい。
11:00 ヤン・リーピンに電話する。昨日、電話したときは「明日、電話して」としか言われていなかったので、キャンセルになるのではと、びくびくする。呼び出し音・・・「インタビューお願いしていた日本の記者です」「おう」・・・ヤン・リーピンはいつものようにそっけない。「今日、お時間くださいませんか」「時間、なかったらどうする」「じゃ、明日!」「明日はもっと忙しい。じゃ、今日二時にしましょう」・・・うう、首がつながった。
12:30 インタビュー場所は雲南大学に近い、ヤン・リーピンの妹さんがやっている民族衣装の店。タクシーで移動し、場所を確認。写真を撮る場所を探したあと、学生街の食堂で昼ごはん。私は普段、人を驚かす大食いだが、緊張して、小龍包(シャオロンパオ)10個しか喉を通らない。怪しい中国語でインタビューしなければならないから緊張するのではない(それはいつものこと)。まったくアマチュアのレベルとはいえ踊る人間の端くれとして、舞台の上で、踊りの精霊にとり憑かれた巫女のように見えたあのヤン・リーピンと会う! そう思うと、興奮して足が震えてくるのだ。相手がどこかの首相でも、こんなに緊張しないと思う。
13:45 勇み足で食堂をはやく出すぎてしまい、約束の店の近くの路上で15分待つ。「四季、春の如し」と言われる昆明だが、北京などに比べれば温かいだけで、11 月末ともなればさすがに風が冷たい。緊張を和らげるため、道端でフラメンコを一踊り。東京でやると道行く人たちにけげんな顔をされるが、ここは中国、誰も気にしない。
14:30 店のなかに入り、民族衣装をつくっているお針子さんにお茶など出してもらって、待てど暮らせど、待ち人は来ない。市政府幹部と会議中とのこと。すると、「お待たせしています」とあらわれた女性。チャイ・リーに目配せで、この人?と聞くと、そうだ、とうなずく。うそだ、ヤン・リーピン、こんなに浮腫んじゃうなんて。動揺しながら、握手をし、自己紹介をし、話をしているうち、なんか噛みあわないな、と思ったら、この人はヤン・リーピンの親戚だった・・・。
15:00 待つのに飽きて、店のなかで写真を撮る位置をあれこれ考えていたら、チャイ・リーが入り口から、通りのむこうを眺めて「来た!すっごい、一目で分かる」。ヤン・リーピンは、スーパー鮮やかな緑色の民族衣装姿で登場した。細い!ムダ肉ゼロ!ほんとに40何歳?!・・・感動しつつ、挨拶、雑誌の趣旨を説明、テープレコーダーがわりのビデオを回して、インタビューを開始。
インタビューは、いい意味で期待を裏切ってくれるものだった。
準備の時間だけはたくさんあったので、資料や彼女を知る人びとから、子ども時代から今まで、私は彼女のいろんな苦労話を集めてきて、なんとかそれを本人の口から聞こうとするのだけれど、絶対に、言おうとしない。というより、そんなこと本当に全部忘れてしまったみたいに見える。
――私財を投じた「雲南映象」の公演。賭けだったのでは?
「いいえ、成功するにきまってます。だって私は踊る人間ですよ。踊る人間には福があるんです。それにもともと、自分の能力を超えることをやろうとしてませんから」
――踊ったあと、疲れ果てるのでは?」
「全然。気持ちいいですよ。おいしいお茶を一杯飲むようなもんです」
――あなたの踊ることへの情熱は、家庭環境と関係ありますか?」
「全然。天才なんです、私」(中国語の「天才」は、日本語とちょっとニュアンス違うとはいえ、これは圧巻)
などなど。彼女の答えは、すべて、超短文。論理的とはとても言いがたい。貧しい白族の家庭に生まれ、11歳で民族舞踊団に入った彼女は、正規の舞踊教育や、芸術論などの高等教育をまったく受けていない。でもすごく、カンがいい。そして、自分は踊る人間だという一点において、まったくブレがない。
「踊りは汗で磨き、汗を隠して踊るもの」という有名なバレリーナの言葉があるが、ヤン・リーピンはそういった言語化された哲学さえも超えて、というか、哲学以前に、踊る、ということに自らの根を根ざしている。
16:30 ちゃんとメイクをしていないからと、バストアップの写真を撮らせてくれなかった以外は、ほぼ無事にインタビューは終了。店の中で写真を撮っていると、道行く人たちがヤン・リーピンに気づいて、サインを求めに入ってきた。日本公演の際は取材させてもらう約束をして、辞す。
18:00 家に帰ってチャイ・リーの力を借り、中国語でインタビュー起こし。途中、泊めてくれている友人の家のひとたちに呼ばれて、火鍋を食べに行く。誰が誰の兄弟で、誰が誰の息子や娘だかわからないぐらい、家族中が集まっている。チャイ・リーも参加。四川式のクソ辛い火鍋ではなく、雲南情緒たっぷりのすっぱ辛い調味料でいただく。酸味はトマトか。なんか日本の歌を歌え、といわれる。なぜかとっさに、中島みゆきの「時代」を歌う。音をはずすが、誰もモト歌を知らないので傷は浅い。昆明の人たちは、こうやって家族じゅう、集まって夜をすごすのが好きだ。
23:30 インタビュー起こしがやっと終わる。途中、何度もチャイ・リーの彼氏からメールや電話が入るが、彼女は適当にやりすごしつつ、嫌な顔をせずにつきあってくれた。ありがたい。長い一日が終わった。




【お知らせ】 北朝鮮内部からの通信〜リムジンガン 第2号 販売開始!