自衛隊派遣から半年 サマワの現実と幻想 後編
自衛隊はサマワで何をしているのか。「人道復興援助」活動の実態をルポ。
12月14日、自衛隊の派遣期間の1年延長が決まった。大野防衛庁長官などのサマワ視察を受けた小泉首相の決断だった。しかし、イスラム教シーア派の反米指導者ムクタダ・サドル師系の宗教指導者は、「多国籍軍である以上、占領軍であり、町から撤退すべきだ」と語り、「撤退しなければ別の種類の抵抗に変わるだろう」と警告。香田証生さんを殺害した武装組織「イラク・アルカイダ機構」も日本を非難し、敵対姿勢を強めている。
イラク情勢が泥沼化する中、「人道復興支援」という名目で派遣された自衛隊はいったい何をしているのか。7月にサマワを訪れた綿井健陽の報告をお届けしたい。(APN編集部)
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【月刊「論座」(朝日新聞社)04年9月号掲載記事から転載】
文中のデータ・登場人物の肩書きは今年7月取材当時のまま。
内容の加筆・修正はしておりません。
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●NGOとの大きな違い

支援活動のいちばんの中心であるはずの給水に関しては、ムサンナ県の水道局とフランスのNGO「ACTED」が以前から大規模に行っている。サマワから北に40キロほどにある浄水場は、毎日100台を超える給水車であふれかえっている。ユーフラテス川の支流からくみ上げられた水を浄化して、給水車に補給するシステムは自衛隊とほとんど変わらない。しかし、給水車の数も規模も、自衛隊とは格段の差だ。しかも「ACTED」は、そのうちの給水車60台を借り上げ、イラク人運転手を雇用している。(写真右:浄水場で水を補給する何台もの給水車。自衛隊の給水活動以外にも、サマワ周辺では毎日給水活動が行われている(7月7日 サマワ郊外ルメイサ浄水場で)
その「ACTED」が借り上げた給水車の後を追いかけてみた。サマワから東に20キロほどの場所にあるヒドル地区アバス村。幹線道路の両脇には、大きなドラム缶やバケツが100メートル間隔で置かれている。しかし、「ACTED」の給水車はそこでは停車しない。給水車は幹線道路からはずれて、さらに村の奥地まで進んでいった。そして、周りが砂漠になっている集落の水置き場わきに駐車して、給水を始めた。
「週2回来るACTEDの給水車は直接家まで水を運んでくれるので助かります、ほかの給水車は幹線道路の給水場所までしか来ないので、そこまで取りに行かなければなりません。日本の自衛隊も給水しているのは聞いていますが、実際に見たことはまだありません」
と、村の長老アーシェド・フセインさん(67)は話す。フセイン政権崩壊後の昨年8月からサマワで給水事業を始めた「ACTED」に対しては、日本の外務省からも「草の根無償資金協力」(イラク全体で総額400万ドル)の一環として、今年4月から35万ドルの資金援助が行われ、それらは給水車35台分のレンタル料などにあてられている。「ACTED」のサマワでの給水活動の年間予算は正確には公表されてはいないが、1億3000万円ほどとされる。そして、ほかにも村への浄水器の設置や地域の栄養改善プロジェクトなどにも取り組む。さらに驚くのは、その「ACTED」サマワ事務所では、給水車の運転手 65人と事務スタッフ20人すべてがイラク人、そして事務所責任者の1人だけが本部から派遣された外国人という組織運営だ。サマワでの給水は、自衛隊よりもACTEDの方が実績も貢献度も、効率・コスト・規模のすべてにわたって上をいく。
自衛隊のイラク派遣費用は、陸海空合わせて年間400億円を超えようとしているが、実際のところサマワでの活動においては、その費用の大部分が、自衛隊員の人件費と現地での安全対策にあてられているとみていいだろう。サマワにいる総勢560人の自衛隊員のうち、実働部隊はその3分の1に過ぎず、残りは警備やロジスティックにかかわる人員だ。宿営地の整備・安全強化に、いまも最も人員と時間を取られている。
イラクで医療支援を長年続けるNGO「日本国際ボランティアセンター」(JVC)の現地調整員、原文次郎さん(40)は、いまもアンマンを拠点に活動している。バグダッドのほか、北部モスルや南部バスラへも白血病患者に対する抗がん剤や抗生物質を届けるなど、現地のスタッフと協力しながら、NGOの力を発揮している。原さんは、自衛隊とACTEDの活動を比較して、次のように語る。「自衛隊のような軍隊的な組織が人道支援活動にかかわることは、軍隊による治安維持活動との線引きが曖昧になり、人道援助の中立性に疑問が生じます。ACTEDのような活動は、地域の中に入りこんだ活動で、それがNGOの安全確保につながっている。これは銃を持つ軍隊ではできないことです。そして、NGOの活動期間終了後の現地への移管が考慮されて、長期的な現地の発展にも役立つ。国際NGO同士の会合の席上では、自衛隊を出す一方で、NGOに政府から資金を出すやり方について、日本政府の姿勢に一貫性がなく、何を考えているのかわからないという疑問の声が上がったことがありました」。
サマワの自衛隊員と話してみると、そのあたりの事情に関しては悲しいまでに疎い。それよりも逆に、「自衛隊の活動が地元から評価されている」と思い込んでいる。
「ここでの給水活動に適しているのは、我々であると自負しています」
「僕らが給水する水が『おいしい』とのことでサマワでも評判のようです」
「子供たちが手を振って歓迎してくれているのを見て感動しました」
と、相変わらず「自画自賛」と「手を振る子供たち」だけが評価基準だった。
日本人人質事件が起きる直前まで、サマワには日本の新聞社・通信社・テレビ局が取材拠点を設けて、記者やカメラマンが常駐していた。1月19日に自衛隊の先遣隊が到着したころには総勢100人近く、その後も30〜50人規模で、日本のマスメディアが自衛隊の動向を取材していた。
だがいまのサマワには、民放テレビ局と契約する番組制作会社のスタッフ2人が常駐するだけで、ほかの社は、イラク人の助手・通訳がカバーしている状態だ。以前は日本のメディアで満室だったサマワ市内のホテルも、いまはその日本のメディアが残していった大量の「日本食レトルトパック」の残骸だけがレセプションわきに並べられている。
●日本の報道は、そのとき
だが、新聞紙面を見るとサマワの記事はいまも発信されている。7月中旬にはちょうど自衛隊派遣から半年ということで、各紙がサマワの自衛隊の近況を伝えている。
「陸自、酷暑と闘う サマワ59度」(読売7月15日付夕刊)
「進む復興 サマワに活気」(同7月18日付)
「“日本流”支援 高い支持」(産経7月18日付)
自衛隊派遣を全面的に支持・推進してきたこれらの新聞記事には、【サマワ発】とも【バグダッド発】とも書かれていない。「ノークレジット」記事だ。これはすべて、東京本社の記者が書いていることを意味する。ほかの全国紙もほぼ同じで、自衛隊の活動に関する記事で【サマワ発】はゼロだった。にもかかわらず、「隊員たちからは『うわあ』といううめき声があがる」(読売新聞7月18日付)という、まるで「その場で見たかのような」記事が紙面を埋めている。写真もまた、「現場で懸命に活動する自衛隊員」の様子だが、最近のものはすべて【陸上自衛隊提供】のクレジットだ。サマワの自衛隊広報班が撮影した映像は、テレビ局のニュース番組でこれまでたびたび使用されてきた。
「安全上の理由」を盾に、ただでさえ防衛庁・自衛隊は情報を開示しようとしない。もし今後、自衛隊員が襲撃され、死者・負傷者を出す事態が起きたとき、だれが、どこから、どうやって伝えるのか。そのときも【陸上自衛隊提供】写真や映像で、「防衛庁に入った連絡によると…」「サマワからの報道によると…」という「大本営・伝聞」で伝えようとでもいうのだろうか。
(写真右:クウェートからサマワ宿営地に運ばれる自衛隊の物資は、イギリスの民間軍事会社「セキュリティフォース・インターナショナル」が車列の前後を警備している。(04年4月3日 陸上自衛隊サマワ宿営地にて)
サマワでは決して水不足による飢餓や干ばつが発生しているわけではない。問題は、水源から運ばれるはずの水道管や上下水道設備が、特に地方の村を中心に行き渡っていないことにある。したがって、給水そのものは民間のマンパワーの増量と資金援助で十分に対応できる。
自衛隊の「給水補助活動」は対症療法に過ぎず、サマワのインフラ整備の根本的な解決にはつながらない。道路・建物補修は極めて小規模な活動で、サマワに大規模な雇用を創出するような貢献ではない。一方、サマワに自衛隊が駐留することで、本来平和な街に「治安の悪化」を逆におびき寄せている。そして、自らおびき寄せたその治安の悪化に対して、宿営地の安全対策の強化と整備で精一杯というのが自衛隊の実情だ。
日本が本当にいまイラクですべきこととは、自衛隊が宿営地の中で作り出す「おいしい水」を配ることなのだろうか。
「なし崩し派遣」の果て、「唐突に」多国籍軍に参加させられた自衛隊の存在感も、そもそもの存在意義もサマワで見出すことはできなかった。サマワ市民の過剰な期待と幻想が、いましだいに失望に変わりつつある。
危険な兆候だ。
昨年四月のバグダッド陥落後の米軍、八月から米軍に代わってサマワに駐留したオランダ軍も、住民から当初は同じような受け止め方をされ、後に徐々に期待も信頼も崩れていった。
現実のサマワには、自衛隊がもたらしたという復興も活気もない。現状を見ると、「自己完結型軍隊組織」の自衛隊が示す限界と悪影響だけが、この半年間で地元に定着した。そして、自衛隊員の「自己満足と思い込み」の一方で、サマワ住民の「幻想と誤解」がさらに促進されただけのように見える。
それが「日本人への敵意と不信感」に変わる前に、自衛隊員はもちろん、さらなる日本人の死者が出る前に、自衛隊の派遣そのものを見直す時期にさしかかったのではないのだろうか。
(おわり)



