「采訪壊孩子(ツァイファン フアイ ハイツ)=不良少年に会う」後編
(前編からの続き)
オレは町外れのゴミ捨て場から拾われてきたらしいよ、とウェンハオは大真面目な顔で言って、妙に軽い口調でこう続けた。
「忘れもしない。昔住んでいた家の天井のはりから麻縄で吊り下げられて、父さんに籐のツルでぶたれたこともあったなあ」
父親から加えられた暴力が、ウェンハオ自身の身体のなかにも沁みついてしまったのだろうか。純粋さと残酷さ、人の良さと暴力性が、彼の表情やしぐさのなかに交互にあらわれて、私は彼をどうとらえたらいいのか、とまどってしまう。
「どうしてグレ始めたか考えてみると、中学に入ったばかりの頃、カツあげされたのがきっかけかな。毎日、金をまきあげられて、買ったばかりの携帯電話もとりあげられてしまった。中二になって、アチャオ(阿超)というあだ名の友だちが一言、オレに尋ねた。おまえ、カツあげされるのとするのと、どっちがいい? ――カツあげするほうがいい。オレはそう答えた」
「するとアチャオは学校のむかいのインターネットカフェにオレを連れて行って、いろんな人たちに紹介した。何人かとは兄弟の契り(※訳者注1)まで結んだ。どうせむこうの利益のためだってことは分かっても、ほかにどうしようもなかった。学校でいじめられないためにね。で、だんだん遊びにおぼれていって、成績も悪くなるし、毎日家にも帰らず、野宿が何日も続くようになっていった・・・」
「毎日毎日、夜遊びしていた頃もあった。金がないと夜遊びはできない。カツあげした金を使い切ると、学校の門のところまで行って、寒い冬でも、物乞いみたいにうずくまって授業が終わるのを待つ。中から誰か出てくると、金貸せ、とか、昼飯おごれ、とか言ってたかる。2週間に1回ぐらいしか家に帰らないし、帰っても2、3日でまたすぐ家を出てきてしまう。なんでわざわざ、お腹をすかして、寒い思いをするのか、自分でもよくわからないんだけどね」
「気に入らなければすぐ殴るような、ピリピリした世の中だろ。オレより年下の子たちを見ても、ひどい世界に生まれてきて可哀想だなって思うよ。あのとき、アチャオの言ったことはたぶん正しいんだよ。殴られるか、殴るか、騙されるか、騙すか、ふたつにひとつだ、ってね。
テレビで、イラクだったかな、よく覚えてないけど、男が兵士に銃をむけられてる写真を見た。キャスターが、銃をむける側とむけられる側、どちらかを選べるとしたら、どうしますか?と言った。おねえさん、あなただって銃をもつ側を選ぶよ、きっと。殺されたいやつなんて、どこにいる?」
ウェンハオは、目下の夢は背をもうちょっと伸ばすことだと、また大真面目に言った。毎日カルシウムを飲んで、水泳をしているという。ほかにも、ウェンハオが数え上げる夢はいっぱいある。かわいい女の子とつきあって、まじめに仕事をして、いつかは父さんと母さんに家と車を買う・・・・・・。取材しても未成年だから顔も本名も公開されることはない、と私が告げると、ウェンハオはガッカリした顔をした。「スカウトが来て、デビューできるかと思ったのに」。
「不良少年」たちの存在は、いま中国の社会で大きな問題になっている。でもたぶん、青春期の男の子っていうのはエネルギーがあり余っていて、恋愛か暴力、どちらかに向かうようになってるものなのじゃない?それはどこの国でも変わらないのでは?・・・違うかな。でもいちばん私にわからないことは、じゃあ、いまの社会で、子供は成長してどんなふうになっていけば、「よかった」って言えるのか、ってこと(※訳者注2)。どう思う?
2005年1月20日 フアンフアン
※訳者注1: 中学生のウェンハオの属す「黒社会」(マフィア)の構造がどのようなものなのか、中国のそれにも、日本のヤクザ社会にもくわしくない私にはよくわからない。擬似「兄弟」関係が階層的につらなっているものをイメージすればいいのだろうか。
※訳者注2: ウェンハオが言うところの彼の夢(「かわいい恋人を見つけて、まじめに仕事して、いつかは父さんと母さんに家と車を買う」)は、彼自身の夢というよりも、中国社会のごく伝統的な理想の若者像そのものである。ウェンハオはそれとはまったく異なる何かとのあいだで、引き裂かれているということなのだろう。経歴だけからいくと順風満帆で10代を歩いてきたように見える筆者のチェン・ジャニも、高校に入ってすぐ、とつぜん頭を丸刈りにして保守的な進学校で大問題になったりと、やはり、引き裂かれながら青春時代をすごしてきた。これを中国社会の価値観のゆらぎと結びつけて論じることはできる。ただ、日本で暮らし、すでに 20代後半のさらに後半にさしかかる私だって、自分が「どんなふうになっていけば、『よかった』っていえるのか」について、それほどの確信をもっているわけでもない。時代や社会の違いを超えて、青春の永遠のテーマといってしまえばそうである。そしてたぶん、青春を過ぎた人びとにとっても。
※筆者プロフィール
チェン・ジャニ(陳佳〓)
1985年中国雲南省・昆明生まれ。男の子を待ち望んだ両親のもとに授かった女の子。
遊びたい盛りの3歳から演劇・曲芸・京劇・絵画などを習い始め、コンテスト・フェスティバル・テレビ番組に絶え間なく出演する。15歳で個人散文集『童言有詐』、17歳で小説『猪未央』を出版。作家を志すも、まずは大学受験に苦しむ。北京の中国人民解放軍芸術学院に合格を果たし、中国文学を専攻するも、今度は映画を撮りたくなる。人生なかなか思いどおりにいかないことにようやく気づき、最近は静かになる。大学生活を送りつつ、初めての取材ルポ『中国青少年成長問題報告』を執筆中。
幼い頃から、科学嫌い、数学嫌い、名誉や利益に淡白、仏教を信仰する。趣味はダイエットと食べること。(〓は、女へんに尼)
※訳者紹介
maiko チェン・ジャニの友人。北京に滞在するあいだはルームメイトになり、東京に戻っているあいだはメル友になる。年齢はチェン・ジャニより10近く上だが、頼りないためかまったく年上扱いされていない。



