
■誘拐恐れ避難民発生
イフティターフ=誘拐。
イラクでこの言葉を聞かない日はない。
誘拐といえば、外国人誘拐事件ばかりが大きく報道されるが、イラク人が誘拐される件数は計り知れない。報復を恐れて警察に届け出ないこともあるため、当局も発生件数を把握できていない。
治安関係者は、フセイン政権崩壊後から今年までにイラク全土で数万件の誘拐事件が発生したと推定している。反米を掲げる武装勢力が、米軍協力者のイラク人を拉致する場合もあるが、イラク人を狙った誘拐の場合、そのほとんどはプロの誘拐グループによる身代金目的だ。
「テロ対策」に忙しい警察は、捜査に協力してくれないばかりか、警官が誘拐犯の一味という場合さえある。なかでも狙われるのは子供たちだ。私の知人の娘もバグダッドで身代金目的で誘拐された。家の中に押し入って連れ去るという大胆な手口。結局、警察が誘拐犯と交渉し、2000ドルを払って解放されたが、生きて帰ってきただけ運がいい。身代金を払ったあとに人質が殺害された例も少なくない。
バグダッドでは夜8時を過ぎると、街角から人影が消える。皆、誘拐を恐れているのだ。もちろん、自爆攻撃や爆弾事件に巻き込まれることも恐ろしい。このため少しでも治安状況がましな北部のクルド地域に避難、移住する人びとが急増しているのだ。

私はこれまで、誘拐被害にあった人々を取材してきた。米軍の誤射で家が被弾し、米から家屋修復補償金を受け取ったために、武装勢力に一方的に「米軍協力者」と決め付けられて拉致、殺害された一家もあった。こうした経験を特つ子どもたちの多くが、人を信用できなくなったり、外に出歩くのを極度に怖がるなど精神的ストレスを感じている。
「友達もみんな誘拐が怖くて、つぎつぎと引っ越していった。みんなバラバラになった。もう会えないかもしれない」
昨年11月、バグダッドで誘拐されたクルド人のダナ君(11)は、小さな声で言った。父は自動車部品販売業をバグダッドで営み、周囲にも知られた裕福な一家だった。ダナ君は路上で拉致され、1週間監禁された。1000ドルの身代金で解放されたが、その後も「また狙う」と脅迫された。
一家は1ヵ月後、アルビルに避難した。「裕福であったこと、そしてイラク戦争でクルド人がアメリカを支持したことの二重の理由で狙われた」と、叔母は話す。圧政からの自由と引き換えにイラクを覆うことになった悲しい現実。いつになったら誘拐に脅えないですむ生活が戻るのだろうか。



