
■ドイツ人女性解放
イラク北部のモスルで、11月25日に武装勢力に拉致されたドイツ人女性、スザンネ・オストホフさん(43)が、18日、解放された。ドイツ人として、イラクで初めての誘拐被害者だった。ドイツのメディアは連日、この誘拐事件を大きく報じ、ドイツ政府もイラク当局に対応を要請していた。
彼女は拉致される直前、モスルの隣町アルビルに滞在していた。スザンネさんが宿泊していたホテルの従業員は言う。
「モスルは危険だから行ってはいけない、と、みんなで何度も止めたんだ」
だが彼女は聞き入れず、アラブ女性の服で身を包み、頭にはスカーフを巻いて、運転手とともにモスルに向かった。
イラク北部最大の都市モスルは、かつてはバース党の強固な支持基盤があり、いまもアンサール・スンナ軍などの武装勢力の活動が活発だ。今春ごろまでは、市内の一部は武装勢力の支配下にあり、独自に「検問所」まで設けていた。
スザンネさんがモスルで消息を絶った数日後、武装勢力に拘束された映像がドイツテレビのバクダッド支局に届けられた。武装した男たちの脇で目隠しをされ座らされているスザンネさんの姿。その映像をテレビで見たホテルの従業員は肩を落としたという。
かつてイラク人と結婚していた彼女は、アラビア語が話せた。医薬品を運ぶなど人道支援活動や、考古学者としてモスルでの遺跡調査などを続け、地理にも詳しかった。ドイツはイラク戦争に協力せず、イラク派兵もしていない。彼女には、「ドイツ人は誘拐されない」という、「自信」 があったのではないか。自信と過信の境界線は難しい。
イラクであいつぐ誘拐事件だが、反占領や聖戦を掲げる政治的、宗教的武装組織のほかに、身代金目的の強盗グループも存在する。スザンネさんの場合は、拉致される前、武装勢力から「モスルに来るな」と、警告を受けていた。
彼女を拉致したのは、政治的、宗教的過激組織の可能性が高い。ただ、 今回のケースでは、イラク派兵していないドイツに対する武装勢力側からの要求はあいまいで、「ドイツ政府がイラクとの一切の関係を絶つこと」などとしていた。
人道活動するスザンネさんは「米軍の協力者」などではないことは地元でも知られていたという。だが、武装勢力は、度重なる警告を受け入れずに町にやってくる外国人スザンネさんの存在を「放置できない」と判断し、拘束したのではないか。
2004年4月、私はモスルで武装勢力メンバーの青年にインタビューした。アリと名乗る彼は、大学で反米グループを作り、その後、武装勢力に参加したという。組織には攻撃基準があり、米軍に直接関係する者は容赦なく攻撃するが、食品を配送するような下請け業者は米軍と間接的関係にある「中間層」で、「米軍との関係を絶て」と、まず警告をするのだという。それでも聞き入れない場合は「鉄槌をくだす」、ということだった。
武装勢力にイラク国外からの過激な「イスラム義勇兵」が加わるようになった昨年中頃から、誘拐や斬首があいつぐようになり、モスルの武装勢力は過激化の一途をたどった。
スザンネさん解放の知らせに沸くドイツの様子はアラブ系テレビでも伝えられた。だが、同じ日のニュースでは、「イラク・イスラム軍が拉致していた米国人警備員男性の銃殺映像をネット上で公開」と別の誘拐事件についても報じていた。
多くのイラク人が外国の占領を望んではいない。だが、外国人、そしてイラク人を誘拐して斬首することで、多国籍軍の撤退を早めて占領を終わらせようなどと一般の市民は考えてはいない。あまりの治安悪化に、「まず治安回復してから多国籍軍は撤退を」という声が増えてきた。
治安が回復されるのは、いったいいつのことになるのか。モスルで武装勢力掃討作戦を指揮するイラク軍司令官に訊いたことがある。半年前には「あと1年で治安を回復できる」と言った司令官。今回、あらためて同じ質問をした。一瞬の沈黙のあと、「2年以上はかかる」と彼は静かに言った。



