「彷徨する総統機」

フロアで進行する儀式。正装をまとった観衆がにこやかな顔でそれを囲んでいる。すると少し小太りの男性が列を抜け出して前方の中年女性に近づき、言葉をかけたかと思うと、拍手をしている両の手を奪うようにして力強く握手した。そして左手を広げて指差した方向には若い女性が小さなデジカメをかまえている。ハイ笑って、パチリ――
有名人を見つけたファンがツーショットを強要したともとれるこのシーンが台湾のテレビでは繰り返し放送されている。たわいもない瞬間にも取れるが、女性がローラ・ブッシュ大統領夫人、男性が陳水扁台湾総統となれば、たわいない、ではすまない。場面は、コスタリカ大統領の就任式場である。
この就任式が主目的であったのだろうか、陳総統は中南米歴訪の旅に出て、昨日ようやく帰国した。この四日、台北を発ったものの、ガソリンなどを補給する経由地は未定だった。「行方不明」の中華航空機がその姿を現したのはなんと中東のアブダビ。アメリカに本土通過を断られ、レバノンにも着陸を拒否されての結末である。コスタリカからの帰路も、未定あるいは未公表だった。結局、経由地はリビア、そしてインドネシアとなった。
米高官は、これがプレジデントの航程か、まるでゲリラ部隊だとつぶやいたという。台湾のメディアも「謎航(ミステリーフライト?)」と称した。某台湾人記者は、自嘲気味に伏目で「今度の旅行どう思うか?」と私にきいた。彼らも恥ずかしいと思っているのだ。
台湾外交部は、リビアとインドネシアなど国交のない国に降りたことが、「外交の成果」だと自賛する。しかし、「こんなゲリラ旅行に莫大な金を注ぎ込んで何の意味があるんだ」というのが、市民の率直な感想ではないだろうか。インドネシアといっても、ジャワではない。バタム島という小さな島である。しかもインドネシア政府は、給油を許可しただけで、宿泊は認めていなかったのに台湾は約束を破ったとカンカンに怒っている始末だ(ポーズだとしても)。
台北国際空港に総統が降り立つ。動員された支援者が歓声をあげる。それが、なんだか寒々としているのである。一緒に見ていた友人が「台湾はかわいそう。もう中国と一緒になるしかないのね」とつぶやいた。政治にほとんど関心をもたない普通の「在台日本人」がこういう感想を持つようになった日として、二〇〇六年五月十二日、あるいは今回の総統の旅は、将来の台湾省史に記録されることだろう(台湾の未来は人口の98%を占める漢人自身が決定する。
中国に吸収されたら台湾は可哀相とかいう発想はいまだに台湾を属国のように思っている一部日本人の傲慢さの表れだと私は思っているが・・・)。
「国民」としてのまとまりに欠ける人々が「中華民国」という虚構の国家を維持してきたのには、米国の後ろ盾なしにはありえなかった。彼らは現実的にも精神的にも、米国を「父」として仰いできた。台湾の総統が米国本土に降り立つことはありえないのだという、今回の米国政府の強い態度が投じた波紋は少なくない。彷徨する総統機は、保護者を失って放浪する孤児の姿にも似ている。
二十年前の李登輝総統の就任以来、「台湾革命」を多くの人たちが支持し応援してきたと思う。一気に台湾独立に進むかのような勢いもあった。近年は、統一派と独立派が勢力拮抗していると評されてきた。しかし、あっという間に、事態はここに至った。いま少なくとも台北では独立など話題にする人はいない。今年の年末の台北高雄市長選挙、再来年の総統選挙、ともに関心は低い。結果が見えているのだ。民進党などは、台北市長選挙に立候補を名乗り出る人すらいないありさまである。
いまテレビは、総統夫人に続いて娘婿が株で数億かせいでいたというニュースを流している。毎日毎日その手の話を聞かされていると、それが真実かどうかにも、みなは関心をもたなくなってくる。台湾の人たちがこの間なんとか塗り上げてきた「国家」としての体裁が急速にその輝きを失いつつある、そういう感がしてならない。陳さんは果たして任期まで務められるのだろうか。
*写真は、最近ようやく「介寿館」という正面の看板をはずした台湾総統府。介寿とは、蒋介石の長寿を祝うという意味。陳総統が任期中におこなった数少ない価値ある事績といえるかもしれない。



