■テルシックチとPKK
![]() 【これが、煮込み料理テルシック。地域や家庭によって具や味が少し違う】 |
PKKは、自分たち以外のクルド党派を「テルシックチ」と呼ぶことがある。テルシックとは、クルドの煮込み料理。よそに家に出向いては、このテルシックのおよばれにあずかるために、媚びへつらう者をテルシックチと表現するのだ。この言葉は、とりわけ、政治的日和見主義者を侮蔑するときに使われてきた。
さらにそれが敵対関係となると、「ジャッシュ」となる。ロバなどの動物の子を意味するが、「頭の劣る裏切り者」というニュアンスがある。トルコ軍に協力して農村部で武装防衛組織をつくったクルド人や、かつてイラク国境地帯で衝突していたPDK(クルディスタン民主党)を、「ジャッシュ」と呼んだ。(フセイン政権と戦っていたPDKも、フセイン政権協力者のクルド人をジャッシュと呼んでいた。)
PKKが、ときには暴力をもって、他党派や運動体を威嚇してきたことについては以前書いた。実際に出会ってきたPKKのゲリラやそのシンパは、やさしく、心の熱い人達だ。わたしがクルド語で話すと、それは、かれらの喜びもあいまって、彼らの熱さはさらにヒートアップする。彼らの招待で、テルシックチのごとく、食事のおよばれにあずかってきたこともある。
だが政治の現場となると、しばしば彼らは違った姿を見せる。他党派への狭量さ、党への絶対的忠誠や教条主義だ。それが、組織内部の団結を強化させる機能も果たしてきた。そんな彼らが、武装闘争の過程で、子どもを含む民間人を巻き添えにした自爆攻撃や爆弾事件を繰り返し、ときにクルド人さえ殺害してきた。そのギャップの大きさや、党と組織の現実を、PKKの爆弾事件が起きるたびに考えこんでしまう。
テルシックは、さまざまな具材を煮込んでいるからこそ、うまみが引き出されるといえる。PKKが独善的な運動スタイルから、クルド諸党派と互いに共鳴しあうようになるには、どれほどの時間がかかることだろう。
イスタンブールでPKKシンパの若い男女と話したときのことだ。彼らは、オジャラン釈放のデモなど熱心に参加していた。「自分たち以外のクルド組織は民族性に欠ける臆病者のテルシックチだ」などと典型的なPKKの口ぶりで他党派を批判した。民族性に欠けるといいながら、彼らはクルド語を話せない。「自分たちはトルコ人同化政策の犠牲者」としてクルド語を覚えようとしない理由にしていた。その後、しばらくかれらを見なくなった。うわさでは、運動をやめて、結婚したという。
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イラク・トルコ・イラン・シリアにまたがるクルディスタン。分断民族クルド人とは。クルド問題とその他の地域も取材中(坂本卓/アジアプレス)




