<核問題、さてイラン国内の雰囲気は?>
その3 アメリカの攻撃はあるか

【テヘランでは多くのクルド人が八百屋で働く】
テヘランの街角は普段と変わらない。公園では老人たちがチェスを楽しみ、街路樹の桑の実を子供たちが取り合い、八百屋の店先にはクルディスタン地方から出荷されたイチゴが山積みされ始め、あちこちで少しずつワールドカップの話題が登り始めた。
この日常がある日突然、失われるということは想像しづらい。
しかし、バグダットもそうだったと聞く。アメリカ侵攻の直前まで、普段と変わらぬ日常が繰り広げられていたそうだ。
国連安保理でイランへの軍事的制裁措置が取られる可能性は現在ほとんどないと言ってよいが、アメリカが単独で攻撃を開始する可能性は、アメリカ自身が否定していない。
当のテヘラン市民はこの潜在的な危機に対し、どう考えているのだろうか。
「アメリカが攻めてくる可能性? ないと思います。イランはアフガニスタンやイラクとは政治状況が違います。イギリスや中国、ロシア、ヨーロッパ諸国とも良い関係を保っているし。特に、今、ロシアと中国はイランに武器を売ってくれている。仮にアメリカが攻めてきても、武器を売って支援してくれると思いますよ」
海外留学を直前に控えた女子大生のMさんはそう答える。
テヘラン大学の金曜礼拝で警備員をしている55歳の男性も、
「アメリカはイランを攻撃することはできないよ。イランは、アフガニスタンやイラクとは違うんだ。国民はまとまっているし、軍備も整っている。他国との友好的な関係もある。彼らは絶対勝つことはできない。もし、アメリカが攻撃するとしたら、まず核施設を爆撃するだろうね。でもそのあと地上軍を派遣してテヘランを制圧するまで何日もかかるだろう。その前にイランがホルモズ海峡を封鎖してしまったらどうなる?彼らの地上軍がテヘランに達する前に、世界は大混乱になって、戦争の継続をアメリカに許さないだろう」と自信満々に答えた。
アメリカの攻撃の可能性についてテヘラン市民に聞いてみると、判で押したようにこうした答えが返ってくる。
それらは国営メディアを通した政府要人の発言そのままである。市民は核問題に関して、新聞やテレビを通して情報を得ているし、関心も低くない。
しかし官製メディアや当局の厳しい統制下で活動するメディアから得られる情報は、正論である一方で、画一的であり、イラン人のアイデンティティーをくすぐる意図的なものが多い。
「アメリカはイランの実力をよく知っている。彼らはイラクとアフガンで手一杯だ。もう一つ前線を広げる余裕はないよ。今イランを攻撃すればどうなるか、良く分かっているはずだ」
35歳の会社員が答える。
つまり、イラン政府ひいてはイラン人は、
「アメリカ政府はそんなにバカじゃない」
と評価しているわけである。だが、イラクでの失敗はどうなのか。アメリカの情報機関はそんなに信頼に値するのだろうか。
アフマディネジャード大統領がイランのウラン濃縮成功のニュースを伝えたその翌日、アメリカのローブ大統領補佐官がアフマディネジャード大統領を
「交渉のできるまともな人間ではない」
とこき下ろした。
ローブ氏はさらに、
「イランは奇妙な歴史感覚やイデオロギーで凝り固まった人たちに導かれており、(外交的解決は)難しくなるだろう」
と発言している。アメリカ人の若者の75パーセントが地図上でイランの場所を指定できないという、ナショナル・ジオグラフィックによる調査結果が先日メディアに流れたが、他国への無関心と無理解は政治の中枢にも及んでいるのではないか。
大統領を補佐する人間が、近い将来戦争をするかもしれない国に対してこの程度の認識で、果たしてアメリカは正確な情報に基づく合理的な政策の取れる国と言えるのだろうか。私は多くのイラン人のようには楽観できない。

写真: あっさりと甘い桑の実は初夏の風物詩
テヘラン中央部のエンゲラーブ広場でピザ屋を営むフサイン氏は、官製メディアの情報統制に縛られない意見を持っていた。
それは、彼の置かれた特殊な環境がそうさせたものなのかもしれない。
「イランの核開発の権利?ま、誰に聞いたって『必要だ、権利がある』って言うだろうな。けど本当は内心どうでもいいと思っているはずさ。核エネルギーがあっても国民1人1人の生活はたいして変わりはしないよ」
≪代替エネルギーとしては?≫
「そもそも石油の輸出による利益は国民の懐には入ってこない。核エネルギーによって国内の石油消費を抑えて輸出に回したところで、どうせその利益も一部の人間が分捕ってしまうさ」
≪電気代が安くなったりはしませんか?≫
「さあね。そんなことより頻繁に起こる停電をなんとかしてほしいよ」
≪アメリカの攻撃の可能性は?怖くはありませんか?≫
「正直。怖いとか、僕の場合、そういう次元じゃないんだ。戦争になったら即前線に出なければならない。それはもうどうしようもない義務なんだ。あとは、残された家族や子供たちへの心配。それだけだ」
フサイン氏はすでに11年前に兵役を終わっているが、予備役兵として登録されているため、有事の際はすぐ召集がかかる手はずになっているという。
イランでは、毎年10万人近い若者が2年間の兵役義務に就くが、そのうち体力その他で非常に秀でた者は予備兵役として登録されるという。
≪アメリカの侵略に対して戦うという気持ちは?≫
「防衛戦がいつも正しい戦争とは限らない。戦争はしょせん、国のトップ同士が始めるものさ」
イランを取り巻く情勢は、この1ヶ月でずいぶんと変わった。
国際情勢の追い風に乗って、イランは近隣諸国や中国、そしてロシアとの関係をさらに強化してゆくことだろう。
軍事、エネルギー政策では、ロシア、中国、中央アジア諸国で構成される上海協力機構へのオブザーバー参加が決まっており、また地域間の経済交流ではイスラム南西・中央アジアのASEANとも呼ばれるECO経済協力機構で、正式メンバーとして活動を活発化させている。
1979年のイスラム革命以降、西側世界とも共産主義陣営とも対峙し、革命の輸出を恐れた中東諸国からは疎まれ、世界の異端児を地で行ってきたイランだが、冷戦構造が崩壊し、中露の台頭とアメリカの衰退を機に、今、少しずつ世界の中で自らの地位を築きつつあるように見える。
核問題という国家の一大事が一転、孤立主義から協調外交へと重心を移すきっかけとなるなら、アメリカの圧力もある意味、功を奏したと言えるかもしれない。
おわり



