アフガン韓国人人質事件〜「自己責任論」をあらためて考えてみる(その1)
![]() 【アフガンでの韓国人人質事件を連日トップニュースで伝える韓国紙】 |
タリバンが、韓国人人質解放の交渉期限を延期した。韓国では人質の無謀さを責める声も一部に出はじめている。
日本人人質事件から3年。事件は、危険地域での支援、取材活動のありかたの問題を提起しただけではなく、自衛隊派遣の是非、そして自己責任論などさまざまな議論をもたらした。
このとき私はバグダッドにいたので、日本での異常な状況は実感することはなく、のちにビデオや記事を見て当時のすさまじさを知った。そしてその後、香田証生さんが人質となった。「自業自得だ」「また自己責任」という声が再び渦巻いた。
イラク人は、日本人事件をどう見ていたか。人質の無事解放は願いながらも、「なぜあんな地域にあの時期に」「拉致されてもしょうがないな」という声も少なくなかった。
あの時期に、あの状況下で、あの混乱した地域に入っていって人質となった彼ら。記者、NGOメンバーの誰もが、ファルージャ、ラマディの高速道では絶対に停車するな、とだいぶ前から知っていた。
彼らをどう見るか、と、きかれれば「無謀」と答えるほかない。
だが、彼らだけを「無謀」というのはどうだろうか。それをいうなら、最初に犠牲となった2人の日本人外交官は、夕方が迫る時刻にティクリート近郊を車で走っていて襲撃された。マハムディーヤで殺害された橋田さん、小川さんは、運転手や通訳、ホテルの従業員まで「いまサマワに行くのは危険」と繰り返したが「大丈夫だよ」と橋田さんはきかず、事件に遭った。イラクの民間軍事会社で働いていてアンサール・スンナ軍に殺害された元傭兵の斎藤さんなど、いずれのケースも「無謀」である。だが、5人の人質たちは「自業自得」とされ、外交官は「美談」となった。
いずれにせよ私を含めてあの時期、イラクにいたNGO、記者、外交官の誰もが「無謀」なのだ。結果的に事件が起こらなかっただけで、誘拐や殺害の危機に直面したことは自分にもあるし、ほかにも表面化していないが誘拐される寸前だった記者、お土産に砲弾の破片を持ち帰った日本人、こうした例はいくつもある。
大切なことは、危険をどれだけ回避させるか、だ。治安状況が変化するイラクの情報をヨルダンの国連に事前に問い合わせることもできたはずだし、アンマンからはバグダッドに飛行機がでていた。空路よりも陸路が安全な場合もあるが、「旅費を節約するため」に乗り合いタクシーを選択してラマディへ向かったのなら、間違いなく「無謀」だ。
日本では政治家が人質たちを「反日分子」と呼んでいるとき、韓国では韓国人人質を殺害したザルカウィの写真を燃やし、「報復隊」を結成して仇討ちを叫んでいた。
国民性の違いや、事件の背景の相違はさておき、だれもが一斉に「わーっ」となった。「わーっ」と熱くなることは社会を変えるエネルギーになるが、全体が「わーっ」となったときは、社会が正常な判断を失うときでもある。
人質事件がもたらした「わーっ」が提起した問題とはなんだったのか。私たちはなにを学べたのか。
(続く)
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イラク・トルコ・イラン・シリアにまたがるクルディスタン。分断民族クルド人とは。クルド問題とその他の地域も取材中(坂本卓/アジアプレス)





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