ジャーナリストは過ちを繰り返すな〜盧溝橋事件から70年(野中章弘)
![]() 【日本軍の南京入城を伝える東京朝日新聞(1937年12月10日)】 |
彼女の指差した展示物を見ると昭和12年(1937)12月20日付けの東京朝日新聞である。それは「平和甦る南京〜皇軍を迎へて歓喜沸く」という見出しの記事で、盧溝橋事件の後、国民党政府の首都だった南京へ日本軍が攻め入ったときの写真ルポだった。
内容は日本軍の占領によって南京には平和が甦り、国民党に苦しめられていた市民たちは日本軍を歓迎したというものである。実際はこのとき、10万人とも30万人ともいわれる中国の人々への虐殺が行われ、市内は凄惨な様相を呈していたにもかかわらず、従軍記者たちはまったく逆の記事を書いていたのである。まさに歴史の捏造というべき行為だ。
![]() 【米軍のバグダッド入城を伝える読売新聞(2003年4月10日)】 |
中国人記者に指摘されるまでもなく、日本のマスメディアはイラク戦争報道で同じ過ちを犯した。例えば米軍によるバグダッド陥落(03年4月9日)を新聞はどう伝えたのか。翌日の読売新聞は、一面トップで「首都住民は米軍を「解放者」として歓迎」と書き、社会面では「「解放だ」市民歓喜」という大見出しを掲げた。
一方、バグダッドで取材中の綿井健陽(アジアプレス)は、現地からのテレビ中継で「(米軍を)歓迎している人はごくわずかです。これは悲しい勝利です」と正反対のコメントを出している。なぜ食い違ったのか。
理由は簡単である。日本の新聞、テレビの特派員たちは、イラク戦争の始まる前に全員バグダッドから撤退しており、誰も「バグダッド陥落」を目撃していなかったからである。どの新聞の記事も、戦争を仕掛けた米英などの通信社電やテレビを見て「作文」されていた。現場に居合わせない記者たちが「群衆は解放の喜びに浸った」などと「見てきたようなウソ」を書いたのである。これでは大本営発表を垂れ流したかつての新聞と同じではないか。
前出の東京朝日新聞を調べてみると、別の紙面では「南京は微笑〜兵隊さんは子供と遊ぶ」という見出しの写真ルポもあった。掲載されているのは、日本軍兵士と子供たちが「仲良く」遊んでいる四枚の写真だ。これはイラクへ派遣された自衛隊の宣伝とそっくりだな、と思った。自衛隊の広報は隊員に向かって手を振る子供たちを撮り、「自衛隊はイラクの人々から歓迎されている」というイメージを作り出してきたからだ。
しかし、現地へ行けばすぐにわかることだが、やんちゃなイラクの子供たちは、カメラを向けると誰でもそばに寄ってきて、笑顔を見せる。別に自衛隊員だからというわけではない。こんな単純なプロパガンダが通用するのも、記者たちが現地取材を怠ってきたからである。
日中全面戦争から70年。軍事優先へ傾斜する状況は当時と酷似して、きわめて危い。今度こそ、ジャーナリストは過ちを繰り返してはならない。





