第2回 拉致進展のために経済制裁に代わる政策を (1)
![]() 【拉致被害者が最初に連れて行かれたのは、咸鏡北道の清津市だった。これは、05年春に撮影された清津駅前の様子。】 |
歴史的な「日朝平壌宣言」を発表し、正常化の入り口に立ったかに見えた日朝関係だが、5年前より現在の方が、ずっと悪化・後退してしまったかのようである。
懸案だった拉致問題は、被害者5人の帰国と子供たちの渡日が実現するという大きな進展があったものの、残りの被害者については、事故や病気などで死亡したという北朝鮮側の通知が、虚偽を含んだ貧弱な「証拠」によるものだっただけに、信ずるに足る安否確認すら、いまだできていないのが実情だ。
拉致問題が、進展どころか停滞したままである一義的な責任は、「拉致問題は解決済み」として不誠実な態度に一貫してきた北朝鮮側にあるのは言うまでもない。それは、事態を動かすためには強い圧力が必要だ、という強硬論が急速に台頭する原因になった。
小泉政権で経済制裁(圧力)を声高に主張してきたのは、「拉致問題担当者」として振る舞って人気を得た安倍晋三前首相であった。
2006年、北朝鮮によるミサイル発射と核実験強行に対して、日本は経済制裁を発動に踏み切り、日朝間の経済関係はほぼ途絶することになった。経済制裁は、ミサイル・核問題解決のために国際社会と連携して発動したにもかかわらず、安部はあえて「拉致解決への圧力も発動の理由の一つだ」と公言して憚らなかった。
拉致を理由の一つとした経済制裁の発動。これは国内的にはウケたかもしれないが、実際には、拉致問題がますます膠着する大きな原因になった、と私は考えている。
以下の文章は「経済制裁で拉致解決は困難」という趣旨で、04年に毎日新聞などいくつかのメディアに書いたものの要旨である。事態が膠着することを予測したのだが、奇しくも3年後の今、それは現実のものとなった観がある。
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「拉致問題は解決済み」という北朝鮮政権の不誠実な態度に対する被害者家族のいら立ちと怒りは察するに余りある。家族・支援者から「さらなる圧力をかけるべき」との意見が出され、経済制裁を発動すべしという論議がにわかに始まった。
![]() 【拉致問題の膠着の一義的責任は、もちろんこの人物にある。軍部隊を視察し女性兵士とカメラに収まった金正日総書記。】 |
03年度の対北朝鮮貿易実績は、韓国、中国の2国で約7割を占めるが、日本は送金を含め1割強にしかならない。
「日本が経済制裁をすれば金正日政権は崩壊する」という荒唐無稽なことを平然と語る政治家がいるが、そのような主張は幻想か扇動というほかない。
経済制裁を発動しても、北朝鮮は「痛い」と感じても、回避に奔走するほどのダメージはないのが現実だ。
北朝鮮への影響力が強い韓国、中国に制裁への同調を呼びかけても、対北朝鮮政策の優先順位が異なるため、拉致問題だけで同調する可能性はゼロと言っていい。
日本には金正日政権に外交方針を変更させる即効性のある外交的、経済的パワーはない。それが現実なのだ。
それでも万が一、経済制裁を発動した場合、北朝鮮は制裁の解除を2国間協議開催の条件としてくることが予想される。日本が拳を振り上げている間は次の協議に応じないだろうし、日本は拳を引っ込めるための名分が必要になる。膠着状態が一層長引く可能性が高い。
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事態は予測したとおりに「さらにこじれた」と思う。安倍は拳を振り上げて、やんやの喝采を浴びたけれども、現状をよく見れば、その「勇ましさ」が事態を膠着させる皮肉な結果を招いていることがわかる。
もう一つ皮肉なことは、得意の(?)英語で盛んに北朝鮮の「レジームチェンジ」だ「トランスフォメーション」だと言っていた安部が、真っ先に舞台から降りてしまったことだ。
(敬称略) 〜続く〜





