爆音のない静かな空を!
〜厚木基地周辺住民、半世紀の訴え〜 第16回 【吉田敏浩】
![]() 【厚木基地騒音公害訴訟の原告団】 |
1960年9月に発足した厚木爆同が、騒音公害訴訟を起こしたのは1976年9 月である。
従来の米軍機による爆音に、71年の厚木基地日米共同使用の開始で移駐した自衛隊プロペラ機の爆音が加わり、73年10月からは横須賀の米空母母港化に伴い艦載機の飛来が増え、騒音は激しくなる一方だった。
住民団体として政府関係機関、自治体、米軍に陳情や請願を繰り返し、1969年には飛行阻止の座り込みもしたが、爆音被害は一向に減らない状況が続いていた。92人の会員が原告となり、横浜地裁に提訴した。
「ほかに打つ手がなくなったからで、いわば駆け込み寺のようなものです。住民が平穏に
生活する権利を、司法の場を通じて国に認めさせたかったのです」
厚木爆同の委員長で、第1次訴訟原告団長を務めた鈴木保(81歳)は、裁判に踏み切った理由をそう説明する。
国を相手取ったこの民事訴訟で原告が求めたのは、午後8時〜午前8時の夜間・早朝飛行差し止め、午前8時〜午後8時の航空機騒音の音量規制、航空機騒音による被害への損害賠償である。
憲法第13条「すべての国民は、個人として尊重される」、憲法第25条「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に基づく人格権と環境権を、航空機騒音によって侵害されている、と訴えた。
![]() 【厚木基地に着陸しようとする米軍FA-18戦闘攻撃機】 |
法廷では、国側は「米軍・自衛隊は日本の安全や国際平和に貢献し、高度の公共性を有しているので、住民は騒音被害を受忍すべきだ」と主張した。
それに対して原告側は、「基本的人権と平和主義に基づく憲法の下、国防が特に高度の公共性を有して住民の生命・健康・生活に優越するわけではない。深刻な騒音被害は公共性に反しており、住民にのみ犠牲を強いるのは不公平だ」と主張した。
判決は1982年10月に下された。
「日米安保条約に基づく米軍機には日本の裁判権は及ばない。防衛行政権の取り消し変更を求める自衛隊機の飛行差し止めは、民事訴訟としては不適」との理由で飛行差し止め請求は却下された。
一方で、「騒音被害は受忍限度を超え、飛行場の設置・管理者である国には瑕疵〔かし〕があり、その侵害行為は違法」として、損害賠償は認められた。
「つまり、賠償金は出すから、爆音は我慢しろという判決でした。せめて夜だけでも静かに眠りたいという、人間としてごく当たり前の要求は門前払いされたわけです」と鈴木が言うように、原告にとっては納得がゆかず、すぐに控訴の手続きがとられた。
〜つづく〜(文中敬称略)





