7周年に“赤軍”の行進?
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今日はネパール暦のマンシル月8日。
7年前の今日、つまり、2001年11月23日に、マオイストは4ヶ月間の停戦を破って、ダン郡の郡庁所在地ゴラヒを襲撃した。
その日の夜に出された声明文で、マオイストは人民解放軍(PLA)を結成したことを正式に発表した。
PLAを結成したのは、実際には、同年9月にロルパで開かれた総会でなのだが、マオイストは3ヶ月間それを公にせず、ゴラヒ襲撃と同時に公表した。
そして、7年後の今日、マオイストは「人民解放軍結成7周年」として、大々的に祝うことにしたようだ。チタワン郡シャクティコルにあるPLA第三師団の駐屯地に、全国7師団からのコマンダーやメンバー、プラチャンダ党首らトップ・リーダーたちを呼んで、“記念日”を祝った。
「これまでで最大のプログラム」と聞いて、私も見に行こうと思っていたのだが、風邪をこじらせてしまい、大事をとって行くのを止めた。
事前に主催者に聞いた話では、スバス・ネムバン暫定立法府議長や“大臣たち”、ネパール軍の士官や警察高官が出席することになっていたが、いずれも欠席したようだ。招待をしたが、それを受け入れなかったということだろう。
それにしても、ゴラヒ襲撃からもう6年もたつのかと思うと、やはり感慨深い。
ゴラヒ襲撃の夕方、私はマオイストの日刊紙「ジャナディシャ」の編集長クリシュナ・センと最後の会話をした。センはその後、拘束され、翌年5月に拷問死した。
今思うと、クリシュナ・センはゴラヒ襲撃のことを知っていたのだろう。マオイストはゴラヒ襲撃で、初めて王室ネパール軍の兵舎を襲撃し、大成功を収めた。
そして、政府はその2日後に国家非常事態宣言を発令した。
今日、テレビのニュースでチタワンでのプログラムの様子をみたが、PLAのメンバーが足をまっすぐに伸ばして行進する様子を映していた。こんな行進を見たことは、今までになかった。
いかにも、中国の人民解放軍の行進を真似たような様子を見て(あるいはネパール軍の行進といってもいい)、少々がっかりというか、うんざりとした。
彼らはなぜに、こんな行進をプラチャンダ党首の前で見せる必要があるのだろうか。まさか、権威主義的な中国共産党の路線をとるつもりなのだろうか・・・。


【番組】 2008/04/20 「光市母子殺害事件〜もうひとつの視点」 報道の魂 (TBS系列)関東地方のみ