ベテランでも黒字化は難しい
次に日本のジャーナリストとしては初めて、バグダッドでイラク軍への従軍取材を行った玉本英子(アジアプレス・40)の収支決算である。彼女は今年の春、同僚の坂本卓と共に2ヶ月間、治安の悪化したイラクの最深部を取材した。
支出は渡航費、滞在費、通信費、通訳代などに加え、衛星電話やモデムなど特殊機器の購入費を合わせて数百万円。イラクでは安全対策にもカネはかかる。移動するだけでも、武装した護衛をつけねばならない。
今回はイラク軍の基地内に滞在したが、バグダッド空港から市内のホテルまで欧米系の民間軍事会社へ護衛を依頼したら、それだけで3500ドルも請求される。また、万が一、通訳などが誘拐、殺害された場合の家族への補償なども考えておかねばならない。
収入面は、テレビ朝日「報道ステーション」の特集で発表したときの映像使用料、雑誌の原稿料など。今のところ約100万円の赤字である。現地では1カ月もかけて取材して仕込んだ民放用の企画が最後の段階で不採用になり、取材経費をすべて自費で負担することになってしまった。企画は内定していたが、正式に採用されたわけではなかったので、テレビ局からキャンセル料は支払われなかった。
バグダッドでの従軍取材という、高いリスクを冒した取材に成功しても、マスメディアからの報酬だけでは経費すらまかなえない。玉本は毎年イラク取材を敢行しており、現地の情勢にもっとも詳しい日本人の1人である。そのような経験を積んだジャーナリストでも、取材を黒字化することはむずかしい。
事務所もほとんどの年が赤字に
この10年間を振り返ってみた場合、ニュース取材できちんと番組制作費が回収できた例はほんの数えるほどである。
収支の面から見た場合、03年のイラク戦争は例外的な出来事だった。何人ものフリーランスが開戦前からフセイン政権崩壊まで取材を続け、連日、テレビ、ラジオに向けて現地リポートを送った。短期間といえども、全体としてそれなりの報酬を確保した。テレビの立ちリポートの料金は、通常1回10万円〜30万円程度。開戦時や政権崩壊の瞬間はもっとも高い報酬が設定された。
ただ、高額の報酬は戦争のクライマックスの期間だけであり、危険なイラク取材に毎年出かけるフリーランスでも、年間所得の平均は、東京で働くテレビ局の同年齢の社員の年収よりはるかに低いと断言できる。「イラク戦争で儲けたフリーランス」などと言う人もいたが、それは事実と違う。
また、9・11同時多発テロの報復戦争となったアフガン攻撃では、アジアプレスから延べ9人のメンバーが取材にあたったが、収支面では500万円程度のマイナスとなり、財政基盤の弱いアジアプレスにとってはかなりの痛手となっていた。
赤字の最大の要因は、日本から持参した衛星携帯電話(インマルサット)のレンタル料と高額な通話料金だった。いまはインターネットや携帯電話の普及などで、通信費用はずいぶんと削減できるが、当時はインマルサットを使う以外に現地と直接やりとりをすることはできなかった。
アジアプレスでは、報酬の3割から半分は事務所の運営費として収め、残りを個人の収入としている。その割合はアジアプレスが取材経費を負担した場合と個人の全面負担による取材とで異なり、その都度話し合いで決める。雑誌、新聞などの活字メディアへの原稿料は全額個人の収入となる。
つまりテレビで映像を使う場合のみ、事務所にも一定のカネが落ちる仕組みである。そのカネで家賃などの諸経費や専従スタッフの給料を払っているが、ほとんどの年は赤字である。赤字分は銀行からの融資や個人からの借入金で補てんしている。



