年の最後に思うこと
![]() |
昨日は早朝から夜遅くまで、人に会う用事で外出していた。
仕事で会った人から、個人的に挨拶にうかがった人まで、さまざまな人に会った。
9時近くに帰宅したときには、さすがに疲れて、何もせずに、そのままベッドに直行だった。
昨夜はかなり冷えたようだ。氷点下まではいかなかったものの、摂氏ゼロ度まで下がったようである。
昨日は、夕方、ヒマラヤがとてもきれいに見えた。知り合いと会っていたホテルからは、東のエベレストのほうまで山並みが見渡せた。
来年こそ、新生ネパールが生まれますようにと祈りたいところだが、混乱が収まる気配は一向に見えていない。
暫定憲法で連邦共和制への移行が宣言されたが、王制支持者たちは合法性への疑問を理由に「国民を無視した動き」という言葉を使って、これを批判している。
最も声高なスールヤ・バハドゥル・タパ元首相にしろ、ラビンドラ・ナス・シャルマにしろ、ギャネンドラ国王が国軍を使ってクーデターをしたときには、これを支持した政治家である。タパは国王政府の首相にまでなった人間だ。
彼らは、では、国王のクーデターが「合法だった」と主張するのだろうか。
彼らが「国民のため」などという言葉を使ったところで、彼らの政治の仕方を見てきた人にとっては、彼らが本当に国民のためを思っているなどとは、とうてい信じがたい。
国王でさえ、何度も「国民のため」という言葉を使って、自分が行ったことを正当化しようと試みた。
自らの失敗を棚にあげて、7政党を批判するのは容易なことだ。
7政党が今後、さらに失敗する可能性もある。共和制になって、ネパールがさらに混乱する可能性のほうが高い。
連邦制になって、マデシ分離という結果が生まれる可能性さえある。
王制を支持する人たちは、そうなったときに「それ観たことか。言ったことではないか」と、7政党やその支持者をさらに声高に批判するのだろう。
7政党がいかに愚かであろうと、また、愚かでありつづけようと、それでも私は、新生ネパールを作るのは、マオイストを含めた7政党であると信じている。
彼らが大半のネパール人の心情を背負っていることは、紛れもない事実である。新生ネパールがどんな国になるのか。それは私自身の生活に関わることでもある。
予測される混乱から逃れるつもりもない。
いつも思うことだが、歴史の流れというものは止めることができないものだ。
今、ネパールはまさに止めることができない歴史の流れの只中にある。王制が終焉することになっても、それは終わるべくして終わったもの。
遠くから現象だけを眺めて、理論だけをもって、「誤った方向に流れている」と批評することも必要なことかもしれない。
しかし、私は常に、流れのなかからこの国の歴史を見つめていきたいと思う。この国の人たちと、運命をともにしたいと思うだけだ。
今年も、このブログを読んでいただき、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。




