![]() 【竹島 (韓国名・独島)の遠景】©ASIAPRESS |
日本のマスメディアの記者たちが戦場取材を避けるようになったのは、ベトナム戦争終結後以降のことである。
例えば、1979年のソ連によるアフガン侵攻では、89年のソ連軍撤退までの10年間で、ゲリラの解放区へ越境取材を行ったマスメディアの記者は、NHKの園田矢(元解説委員)と朝日新聞の吉村文成(元インド特派員)だけだと思う。
一方、フリーランスは延べ数十人がパキスタンから国境を越え、ムジャヒディン(イスラム戦士)の戦いぶりをビビットに伝えていた。
内戦の最前線の取材はフリーランスの独壇場だったといえる(私はマスード司令官将軍に会うため、83年の春、カブールの北方まで1ヶ月の従軍取材を行った)。
ベトナム戦争当時、マスメディアの記者たちが前線へ足を踏み入れたことを思えば、戦争報道において「後退」した感は否めない。
またサマワで活動していた自衛隊については、04年に起きた日本人人質事件以降、数人のフリーランスを除いて、マスメディアによる現地取材はほとんど行われていない。
これも自衛隊情報のブラックボックス化を作り出してしまった。
(2)なぜ北方四島、竹島の取材を自粛するのか
数年前、フリーランスの日本人ジャーナリストが北方四島を訪れた。
目的は島に住むロシア系住民たちの「返還」に対する意識を探ることだった。
四島には多くのロシア人たちが住んでおり、彼らはいま何を考えているのか。
返還運動を進める日本人にとっても、彼らの心の内を理解する必要があった。
彼の映像取材をアジアプレスでテレビプロデュースすることになった。「無事、撮影を終えた」という報告を受けて、私はあるニュース番組へ企画の打診を行ったのだが、ディレクターは「野中さん、このテーマは相当な根回しが必要ですね」と顔をしかめた。
そして「ビザはどうしましたか」と尋ねてきた。
「ロシアのビザを取りました」と答えた時点で、企画はボツになった。
理由は簡単である。
「外務省から『北方四島は日本固有の領土である。ロシア側からビザを取って訪れると、ロシア領であることを追認することになる。そのような取材はやめてほしい』と要請されている」
05年5月、竹島(韓国名・独島)へ上陸取材したときも、特派員から同じ理屈を聞いて、耳を疑った。
当時、首相の靖国神社参拝や歴史教科書の問題などと相まって、竹島をめぐる日韓の確執は一触即発とも思えるほど高まっていた。
しかし、テレビ、新聞には肝心の竹島や周辺の島のリポートが出てこない。
それなら私が行ってみよう、と韓国へ渡った。
そのとき、ソウルで旧知の特派員に竹島ルポをやらない理由を尋ねたら、「日本大使館から、竹島取材は自粛してほしいとの要請を受けている」との答え。
また、竹島を韓国側から訪れることで、右派的な雑誌に叩かれることも嫌だという。
領土問題はきわめてナイーブな問題であることはわかる。
しかし、なぜ政府や外務省の顔色を伺わねばならぬのか。
いまもって理解不能である。
大切なのは読者や視聴者に必要な情報を提供することであり、何をどう取材するかはジャーナリズムが判断することである。
その局面において、公権力と対峙することは避けられない。
最初から公権力に屈していては、ジャーナリズムとは言えない。
(3)なぜ脱北者を取材しないのか
02年5月8日、中国・瀋陽の日本総領事館へ五人の脱北者が駆け込むという事件が起きた。
この出来事は事前に情報を与えられていたメディアによってビデオ撮影され、領事館の職員が彼らを中国の公安(警察)へ引き渡すシーンが日本中に流れてしまった。
この事件の直後、アジアプレスへ「脱北者の取材映像がほしい」という問い合わせが殺到した。
アジアプレスでは石丸次郎が90年代初頭より、二十数回に渡って中朝国境で脱北者の聞き取り調査を続けていた。
数百時間に及ぶ映像素材もあった。
瀋陽総領事館の事件で、脱北者へスポットが当たることになったが、どのテレビ局にも映像素材がほとんどない。
それでアジアプレスへ連絡をとったというわけだ。
それではなぜ脱北者の映像がないのか。
これも理由は簡単である。
北京駐在の特派員はこう語っている。
「中国政府の意向をおもんばかった結果です。中国は脱北者を不法入国者として扱っており、国境地帯で外国人のジャーナリストたちが取材することを好ましく思っていません。
中国当局からにらまれると他の業務でも支障が起きるので、当面、取材の自粛もやむをえません」
北朝鮮では自由な取材ができない以上、脱北者からの証言は国内の状況を判断する貴重な材料となる。
中国政府の圧力とはいえ、その取材を自粛することの問題点は大きいと思える。




