レーニンか、毛沢東か?
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マオイストの人民戦争記念日が2月13日に迫っているが、これにちなんでいくつかの雑誌が特集を組んでいる。
今日発売の「Nepal」にも関連の記事が何本か掲載されていた。ボジラジ・バータが書いた取材記事は、マオイストの戦略が、農村を革命のベースとする毛沢東の戦略から、都市部を革命の中心とするレーニン型の革命戦略に変わったというもの。現在、中央委員レベルのほとんどのリーダーとその家族が首都圏に住んでいる。
リーダーの子息のなかにも、和平プロセスが始まってから、カトマンズの学校やキャンパスに通い始めた人が大勢いる。
マオイストは、活動の拠点を都市部に移してから、労働者と学生をターゲットに組織強化を務めてきたが、万が一、4月選挙がなくなった場合、これらの勢力を前面に出して、都市部での街頭運動を始める計画だと記事にはある。
この記事よりも、私が面白いと思ったのは、この「レーニン化」に関して、バーラト・ダハルが書いた分析記事のほうである。
昨年8月の第五回拡大中央委員会以来、マオイストは和平プロセスが自らの思い通りに進まなかった場合、「ジャナ・ビドロヒ(人民叛乱)を始める」と言い始めたのだが、ダハルは、これは党内の不満分子を押さえるための“虚構”にすぎないというのである。
事実、ジャナ・ビドロヒというアイデアが出された2006年のカミダンダ会議以来、何度も「始める」と言いながら、今に至るも、実際に街頭運動を始めていないという。
ダハルは元マオイストで、現在、ネパール共産党エカタケンドラ・マサルの党員だ。ラビンドラ・シュレスタやマニ・タパもそうだが、「元マオイスト」が最も厳しい、しかし、正確なマオイスト批判と分析をする。
ダハルも同様で、マオイストのリーダーの性格や行動パターンを熟知しているだけに、かれが定期的に「Nepal」に書いている記事は、実に面白い。
ダハルは、マオイストがレーニン化しているという指摘にも、「10月革命」と、ネパールのマオイストのあいだにはあまりにも相違点が多すぎるとして、これを否定する分析(批判)をしている。
マオイストは2001年の第二回総会以来、すでに確固とした革命の道筋を失っているというのである。
確か、彼はこの総会のあとに離党をしているのだが、その理由については、明らかにしていない。




