シェヒッド・ナミリン「烈士は死なない」(3)
![]() 【ゲリラとして息子が戦死したオスマンさんは「烈士遺族」となった】(2004年・シリア北部・コバニ) |
戦死したPKKゲリラの家族は、マルバテ・シェヒダン(烈士遺族)と呼ばれる。
4年前から、シリア北部のクルド人居住地域を継続して横断取材し、これまで「烈士遺族」のもとを訪れてきた。家族はシリア秘密警察ムハバラットの監視下におかれていた。
どの家族も、ゲリラとして死んだ息子や娘の写真を額縁に入れて、大切に飾っていた。
写真には、シェヒッド・ナミリン(烈士は死なない)という言葉が添えられていた。
シェヒッドとなった多くは20代で命を落とした若者たちだ。トルコ軍との戦闘で死んだ者もいれば、イラクのPDK(クルディスタン民主党)との戦闘で死んだ者もいる。
![]() 【貧しい町コバニはPKKゲリラに参加した若者が多い。家族は写真を大切に壁に掲げている】(シリア北部・コバニ) |
だが、PKKゲリラに自ら志願し戦死しても、組織からの補償はない。生活が苦しい家族が残された場合は、PKKの地区担当がたまに世話にくる程度だ。
ゲリラとして死んだ子どもについて、それが正しい選択だったのか、と私は家族にきいた。
「誇りに思う」
どの家族もそう話した。
シリア北部のクルド人の町コバニで、ゲリラの遺族を訪ねたときのことだ。
オスマンさんの息子は、93年ゲリラに入り、95年、イラクでKDPとの戦闘で19歳で戦死、シェヒッドとなった。
「よくやった。今日まで悲しいと思ったことはない」
それをなんども 繰り返した。
オスマンさんは天井を見上げた。
瞳が涙でいっぱいだった。
「やさしい子だった…」
そうぽつんと言うと、しばらくの沈黙が続いた。
「よく、ここまできてくれたな」
父親は私の手を引き寄せ、力強く握った。
たとえどれほど大義のために殉じ、誇りに思おうとも、その死に涙を流さない家族はない。
(続く)
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イラク・トルコ・イラン・シリアにまたがるクルディスタン。分断民族クルド人とは。クルド問題とその他の地域も取材中(坂本卓/アジアプレス)






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