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季刊誌 北朝鮮内部からの通信〜リムジンガン 第2号・夏号
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ico_new.gif北朝鮮―「私は政治犯収容所に10年いた」 リムジンガン
北倉(プクチャン)18号管理所出所者の証言 11
「第18号管理所」事件
醜い勢力争いが止むことのない朝鮮では、まともな人間が一夜のうちに逆賊に仕立て上げられたり、忠臣になったりする。政局は不安定になり、連日のように政治事件が起こる…

ico_new.gif北朝鮮経済官僚極秘インタビュー リムジンガン
我が国の経済動向 11
改革をはばむ権力者の不正腐敗
外部では、朝鮮に「変化がある」と見る意見と「変化がない」という意見に分かれているが実際はどうなのか?
ケ・ミョンビン:変化がないといえば語弊があるが、ではどんな変化があるのかというと…

ico_new.gif北朝鮮―「私は政治犯収容所に10年いた」 リムジンガン
北倉(プクチャン)18号管理所出所者の証言 10
「龍城事件」
以前に書いたように、党・国家の幹部を数知れず葬り去ったことで朝鮮社会に轟いた「龍城(リョンソン)事件」が、実はでっちあげだったことが明確になったことにより…

ico_new.gif北朝鮮―またも始まった市場の「抑制」 リムジンガン
「民衆はだんだん嫌になっています」6
「将軍様一人だけが改革開放に反対」
シム:本当は朝鮮人みんなが改革開放だけを願っているのに、幹部の誰一人として、将軍様に一言も率直に言わないんだからな……

北朝鮮―軍人による女子大生暴行殺人事件 [事件・事故] リムジンガン
二〇〇六年夏のある日の晩、清津(チョンジン)市にある軍官学校(士官学校)近くを通りかかった女子大生が、数人の軍人に拉致され、暴行されて殺害された…

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坂本卓のクルディスタン日誌〜シェヒッド・ナミリン「烈士は死なない」(3)

シェヒッド・ナミリン「烈士は死なない」(3)


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【ゲリラとして息子が戦死したオスマンさんは「烈士遺族」となった】(2004年・シリア北部・コバニ)

戦死したPKKゲリラの家族は、マルバテ・シェヒダン(烈士遺族)と呼ばれる。

4年前から、シリア北部のクルド人居住地域を継続して横断取材し、これまで「烈士遺族」のもとを訪れてきた。家族はシリア秘密警察ムハバラットの監視下におかれていた。

どの家族も、ゲリラとして死んだ息子や娘の写真を額縁に入れて、大切に飾っていた。
写真には、シェヒッド・ナミリン(烈士は死なない)という言葉が添えられていた。

シェヒッドとなった多くは20代で命を落とした若者たちだ。トルコ軍との戦闘で死んだ者もいれば、イラクのPDK(クルディスタン民主党)との戦闘で死んだ者もいる。

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【貧しい町コバニはPKKゲリラに参加した若者が多い。家族は写真を大切に壁に掲げている】(シリア北部・コバニ)
レバノンのヒズボラは戦闘員がイスラエルとの戦闘で戦死すると、その殉教者家族には生活支援が与えられる。「心おきなく殉教できるシステム」がある。

だが、PKKゲリラに自ら志願し戦死しても、組織からの補償はない。生活が苦しい家族が残された場合は、PKKの地区担当がたまに世話にくる程度だ。

ゲリラとして死んだ子どもについて、それが正しい選択だったのか、と私は家族にきいた。
「誇りに思う」
どの家族もそう話した。

シリア北部のクルド人の町コバニで、ゲリラの遺族を訪ねたときのことだ。
オスマンさんの息子は、93年ゲリラに入り、95年、イラクでKDPとの戦闘で19歳で戦死、シェヒッドとなった。

「よくやった。今日まで悲しいと思ったことはない」
それをなんども 繰り返した。
オスマンさんは天井を見上げた。

瞳が涙でいっぱいだった。
「やさしい子だった…」
そうぽつんと言うと、しばらくの沈黙が続いた。

「よく、ここまできてくれたな」
父親は私の手を引き寄せ、力強く握った。

たとえどれほど大義のために殉じ、誇りに思おうとも、その死に涙を流さない家族はない。
(続く)
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イラク・トルコ・イラン・シリアにまたがるクルディスタン。分断民族クルド人とは。クルド問題とその他の地域も取材中(坂本卓/アジアプレス)