リムジンガンのご案内

ico_new.gif北朝鮮―自転車ばかりを狙う軍人強盗団 [事件・事故] リムジンガン
二〇〇六年一一月末、清津(チョンジン)市で自転車ばかりを専門的に強奪する強盗団があちこちで暗躍したため、保安員(警察官)が捜査に入った…

ico_new.gif北朝鮮―またも始まった市場の「抑制」 リムジンガン
「民衆はだんだん嫌になっています」2
「おばけのやりかた」
シム:市場ぐらいは大目に見て好きに商売させてくれればいいのに。そうすれば人々の苦痛も軽くなるだろうに…

ico_new.gif北朝鮮―女児強姦犯逮捕 [事件・事故] リムジンガン
二〇〇六年夏、清津市で二四歳の男による九歳の女の子への強姦事件が発生した。女の子はその日も友達と、近所にある廃屋の周りでかくれんぼをして遊んでいた。 夕方、このあたりでは見かけない男が…

ico_new.gif北朝鮮―「私は政治犯収容所に10年いた」 リムジンガン
北倉(プクチャン)18号管理所出所者の証言 9
「隊内民」たち
さて、わが家のあの冷凍機はどこに売られたのか? ジャンマダン(市場)は「管理所」の中にはない。店といえば…

ico_new.gif北朝鮮―またも始まった市場の「抑制」 リムジンガン
「民衆はだんだん嫌になっています」1
リムジンガン編集部は、二〇〇七年一〇月頃から始まった「市場抑制」に対する住民の反応の調査を計画した。このため、記者シム・ウィチョンは、一一月上旬、平壌に赴き…

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玉本英子の現場手帳<イラク取材中>ハラブジャは終わらない(1)

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【2006年、市民の不満から襲撃されたハラブジャ・モニュメントが再建されていた】(2008/03/16 撮影:玉本英子)

ハラブジャは終わらない(1)

3月16日ハラブジャ事件20周年の追悼式典があった。1988年、クルド人の小さな町ハラブジャにイラク軍が毒ガス攻撃をおこない、5000人以上が死亡した事件を、クルド人は「イラクのヒロシマ」と呼んできた。人びとはいまも毒ガスによる後遺症に苦しんでいる。

地元の大ホールで行なわれた式典には約1000人が参加した。ハラブジャ被害者家族をはじめ、タラバニ大統領の妻、クルド愛国同盟(PUK)幹部、ハラブジャ化学兵器被害者協会メンバー、トルコからディヤルバクル市長オスマン・バイデミル氏、日本からはNGO代表、西谷文和さんがスピーチをし、ハラブジャ事件のの犠牲者を追悼した。欧米や日本からも記者たちが取材に訪れた。

当日、クルディスタン地域政府アンファール省は、ハラブジャ被害者の17家族にストーブやカーペットなどの生活用品を配り、被害者の家族の学生10人に奨学金として1人600ドルを渡した。

2年前のこの日の追悼式典は市民の暴動に変わり、追悼モニュメントは放火され、破壊された。治安当局の発砲で1名が死亡し、多数の逮捕者をだす事態となった。いっこうに進まない町の復興の現状に、市民の不満が爆発したのだ。


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【追悼式典には外国メディアも多数取材に訪れた】(2008/03/16 撮影:玉本英子)
3月17日に再びハラブジャの町を歩いた。町の景色は20年前のハラブジャとあまり変わらない。復興支援は遅れ、舗装されていない通りは前日の雨でぬかるんだ泥がひろがっていた。

「仕事がない」
多くの人びとの声を聞いた。そのため隣国イランに出稼ぎに出ている者も少なくない。

シャニヤ・アブドゥララシードさん(39)の家の前には女性たちが集まり、葬式が行なわれていた。シャニアさんの夫が3日前に亡くなったのだ。夫イスマイルさん(44)は当時クルド民兵ぺシュメルガの兵士としてハラブジャで遺体処理作業にあたっていた。

その後、日に日に体調が悪化、肌にしっしんができたり、呼吸困難になったという。それから20年間、各地の病院を訪れたが、原因は見つからなかった。それでも家族5人を養ってきた。それが2ヶ月前に急変、鼻から血を流し、苦しみながら死んだという。

「夫はなくなる前、これはハラブジャのせいだ、と話していました。もう20年もたつのに、ハラブジャは終わっていない」

シャニアさんは涙をこぼしながら語った。 (続く)

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