ネパールの歴史を、現場で目撃してきて思うこと
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ネパールに住んで15年。この間、たまに日本や他の国に短期間出かける以外は、ずっとネパールに根をはやして生きてきた。その根っこは、もはや簡単に引き抜くことができないほど、深く広がっており、すでに何年も前に、この地で終わろうと覚悟を決めている。
私の運命を変えたのは1990年の民主化運動を目撃したことだったが(このときには日本での仕事を休んで、短期間の滞在だった)、その後のネパールの歴史の変化を、まさに現場で目撃できたことは、本当に幸運だったと思う。
とくに、こちらに定住した1993年以降は、主な政治的イベントのほとんどを、その中心で身をもって体験することができた。到着直後に経験した、93年5月に亡くなったUMLの書記長マダン・バンダリの最後のインタビューから始まり、2001年の王宮事件、その後、マオイストの取材を通じて体験した数え切れないほどのイベント。そして、ギャネンドラ元国王のクーデターに始まった急展開。2006年4月の19日間の第二の民主化運動。
その後に始まった和平プロセス。そして、今回の共和制への移行。シンドゥパルチョークで国軍による空爆に巻き込まれたり、ロルパで国軍に包囲されたり、国王派にさまざまな嫌がらせをされたり、デモ隊のなかにいて警棒で殴られたことも数え切れないほどある(今でこそ言えることだが、実は、警官に殴られて手に負傷をしたこともある)。
こうして、自身が当事者になったこともたくさんあったが、私が幸運だったと思うのは、こうしたイベントを体験するだけでなく、書いて発表する機会を授けていただいたことだと思っている。
ときには日本あるいはネパールの雑誌・新聞に、書籍の形でも日本ばかりでなく、ネパールやインドで出版する機会をいただいた。マオイストと和平プロセスに関しては、さまざまな英文レポートの形で、書く機会をいただいた。こうした機会を与えてくれたこの国に、心から感謝したい。
さて、最も最近の“目撃イベント”だが、それは28日の制憲議会の最中に起こった。「共和制実施」の投票が終わり、結果が出るのを待っているときのことだった。
鮮やかな青いサリーを着た女性が、自分が履いていた水色のサンダルを手に取り、男性に殴りかかったのだ。女性は、スルケット郡選出の統一共産党の議員カマラ・シャルマ。殴りかかられた男性はネパール会議派のプールナ・バハドゥル・カドカ元内務大臣だった。私は女性が「あなたが私の夫を殺したのよ!」と叫ぶ声も聞いた。
女性議員は、立候補者だった夫が何者かに射殺されたあと、急きょ、夫に代わって立候補し当選した。UMLは、この事件の背後にNCのカドカがいると主張している。女性議員がどういう経緯でカドカに殴りかかったのか知らないが、彼女の叫んだ言葉からも、カドカに対する怒りが原因であることは確かである。この出来事を目撃したプレス席の記者のなかには、「カマラ・シャルマはやるべきことをした」と喝采をした人もいた。
私も同じ立場だったら、彼女と同じ行動をとっただろう。“長い1日”のあとに起こった、なかなか刺激的なイベントだった。





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