![]() いったい何十万人の寄る辺なきコッチェビが生み出されたのだろう。写真は98年4月、咸鏡北道羅津市で撮影したものだが、この子供たちが今でも生きているか気がかりでならない。(石丸次郎撮影) |
07年「市場抑制」はいったい何を意味するのか 4 リュウ・ギョンウォン
八〇年代以降 外貨調達の肥大と計画経済の破綻
一九八〇年代に入り、社会主義国家陣営に改革開放の風が吹き、従来の社会主義市場は大いに変質した。
以前の社会主義陣営における朝鮮は「社会主義の東方防人」「米国と三八度線を境に対峙した冷戦の最前線」として価値があった。その政治軍事的な対価として、朝鮮は社会主義陣営からの経済的特恵を享受した。
この「南北分断の恩恵」によって、朝鮮では時代錯誤の独裁的首領世襲制が構築され、計画経済と農民市場に寄生する「党中央」の独占的外貨調達ビジネスが繁盛していった。
そうするうちに、国際的に冷戦が解凍され、対話と協力の時代が到来し、社会主義市場の実態が崩れ始めた。すると、朝鮮の計画経済の収入は大幅に減少し衰弱は加速し始めた。
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