![]() 【ジャラル・タラバニ・イラク大統領(左)と、マスード・バルザニ・クルディスタン地域政府大統領(右)。「バルザニ議長」と日本のメディアでは表現されるが、正式には地域政府の大統領職にある】(FILE/撮影:坂本卓) ![]() 【クルディスタンの旗。イラク・クルディスタン地域では、フセイン政権時代のイラク国旗は禁止され、クルド勢力の強い要望で、イラク国旗も今年変更された】(FILE/撮影:坂本卓) ![]() 【フセイン政権のイラク軍と戦ってきたクルド・ペシュメルガ兵。現在は大部分がイラク国防省指揮下の新イラク軍に編入されたが、一部部隊はクルディスタンの「国土防衛組織」として地域政府指揮下で保持されている】(FILE/撮影:玉本英子) |
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イラクのクルド人はイラク戦争をどう見ているのですか?
2003年のアメリカによるイラク攻撃をイラク・クルドのメディアは「イラク解放戦争」と表現しました。アメリカが開戦の理由とした大量破壊兵器は結局発見されませんでしたが、クルド人の多くはイラク攻撃について、こういう認識をもっています。
「フセイン政権はハラブジャで毒ガスという大量破壊兵器を使用したではないか。たとえ開戦時に大量破壊兵器をもっていなかったとしても、開発はしようとしていたし、それが使われるならまずクルド人に対してだったに違いない」
いま、イラクで起きている状況は、武装勢力が悪いのであってアメリカによってもたらされたものではない、とクルド政府の政治家たちは言います。ほとんどのイラクのクルド人も同様の考えです。
フセイン政権崩壊から5年に及んでも混乱と殺戮がやまない状況のなか、「アメリカは石油と引き換えにイラクという国をむちゃくちゃにしてしまった」と感じるクルド人とも出会いました。
クルドは自由を手にしたが、その代償はイラクの混乱ではなかったか。私は多くのクルド人に問いました。そしてほとんどの答えが、次のようなものでした。
「では、教えてくれ。ほかにどんな方法があったのか。サダムの毒ガス攻撃にさらされていたとき、世界は私たちに関心を示したか。助けの手を差し伸べたか」
それは、クルドという存在に無知であり続けた日本、そして私たちにも突きつけられる言葉です。
国際社会が、自分たちの存在を認めてこなかったなかで、自分たちの存在保障は自分たちの手で獲得していかねばならない、ということをクルド人は経験的に学んできました。
(続く)
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<聞き手・構成 アジアプレス・ネットワーク 編集部>
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坂本卓(アジアプレス) プロフィール







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