小倉清子のカトマンズジャーナル〜バフン・マオイスト議員のある発言
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極西ネパールのある3つの郡から選出の(比例代表も含む)制憲議会議員と、地元の女性活動家たちとの会に出席する機会があった。
この地域は、女性議員の割合が最も少ないところで、3郡で女性議員は比例代表を含めて2人のみ。全体で7割をマオイストが占めるが、ネパール会議派と統一共産党の議員もいる。
会の意図は、男性議員たちに制憲議会でいかに、極西ネパールの女性が抱える問題を取り上げて欲しいか、一種のロビー活動と言っていい。
この地域は、ネパール国内でも、いまだに女性差別が最も根強い地域だが、3党間の、とくにマオイストの男性議員が話す言葉を聞いていて、いくつか気になることがあった。
これは男性も女性もほとんどのマオイストに共通していることなのだが、こうした会など、公の場で話すとき、「マオイスト語」とでもいおうか、まず、とにかくコミュニスト用語をたくさん使ってわかりにくい。話す調子まで、まるでマオイストの特定のリーダーを真似たように、皆似たような口調を使う。
今回のように他党の政治家と同席したときには、これがますます際立って、とても異様に聞こえるのである。NCやUMLの議員は、それぞれ自分の表現で話すため、聞いていてわかりやすいのだが、マオイストが話す言葉はどうして、こうもわかりにくいのだろうか。言葉遣いだけでなく、内容もまるで統一されたように、同じことを複数のマオイストが話す。個性のない話し方と言っていい。
個人的に話しているときには、それほど気にならないのだが(個人的に話していても、マオイスト語で話す人もいるが)、演説や公の場となると、ほぼ100%のマオイストがこうなる。これは、彼らにとって、非常に損なことだと思うのだが、マオイストは「それが当たり前」と思っているのだから、救いようがない。
なかでも、バフンの議員のコメントが気になった。政党の指導層へ、女性やジャナジャティ、ダリットを含めたさまざなま被抑圧者層の「inclusion」の問題について彼の意見を話しているときだった。
この議員は「わが党では、まず“コミュニスト”であることが最優先。“コミュニスト”であれば、バフンであろうが、ジャナジャティであろうが、女性であろうが、そうした“分類”は意味がなくなる」と話した。
これこそ、支配者層である“バフンの言い分”以外の何ものでもないと思うのだが、おそらく、マオイストはこの論理を上から刷り込まれているのだろう。何も疑わずに、この論理を信じているとしたら、そうした人間に政治をするセンスはまったくない。




