![]() 【ドイツ人登山グループがPKKに拉致されたアララト山】(FILE/撮影:坂本卓)
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アララト山でPKKに誘拐されたドイツ人登山家ら3人がアール県で解放された。7月8日、アララト山登山中だったグループは、標高3200メートル付近でキャンプしていたところを夜中に5人のゲリラによって拉致された。
今回のドイツ人誘拐は、明確に誘拐を目的として登山家のキャンプを襲ったというよりも、ゲリラのデウリエ(偵察巡回活動)の過程で、山中でドイツ人登山者の一団と出くわしてしまい、そのまま連れて行ったという印象が強い。
PKKは声明で「ドイツのクルド政策に反対し、ドイツのトルコ支援の中止を求める」としているが、この誘拐は「戦術的」なものではない。
90年代、「国際社会の注目をトルコのクルド問題にひきつける」として、PKKは外国人誘拐と観光地での爆弾事件をくり返した。これはトルコの外貨獲得源のひとつだった観光産業に大きなダメージを与える。当時、同様の戦術をとっていたエジプトのイスラム“原理主義”組織の外国人誘拐や観光地襲撃に影響を受けたものといわれる。
エジプトやアルジェリアのイスラム組織とPKKが違った点は、「武装闘争はクルド人の人権と人道主義のため」というスローガンをPKKが掲げていたところだ。だが、暴力的になるにつれ、外国人誘拐や繁華街での爆弾事件、民間人の殺害など、「人権と人道」に矛盾する戦術へとつきすすむ。批判は組織内部からもあがるが、「これは戦争である」とする武装路線派に押し切られてしまう。
![]() 【拉致したドイツ人の解放を発表するPKKゲリラ部隊HPG(人民防衛隊)総司令部の声明】(HPGウェブサイトより) |
95年にはトルコを旅行中のデンマーク在住の日本人も誘拐(のち自力で脱出)されるなど、PKKによる外国人誘拐事件は90年代末頃まで散発的ながら発生していた。だが、ほとんどの場合、「狙いを定めて人質交渉で使うため」というより、ゲリラ支配地域に入り込んだ人物を、拘束して連れ去るという場合が多かった。
昨年末から今年初頭にかけてのイラク北部でのトルコ軍の連続空爆攻撃で、PKKは主要な拠点をいくつか失った。イラク国境と大きくはなれたアララト山付近のゲリラ部隊は、もともと限られた小規模な人員だったが、部隊再編で一部をアルメニア国境側に移動しているともいわれる。
おりしもドイツではクルド衛星放送局ロジテレビに対する禁止措置への動きがあったこともあり、ドイツ人の誘拐はこれに連動したものかとも言われたが、はたしてそうだろうか。
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イラク・トルコ・イラン・シリアにまたがるクルディスタン。分断民族クルド人とは。クルド問題とその他の地域も取材中(坂本卓/アジアプレス)






