大村一朗のテヘランの風〜イランからオリンピックを観る(2)
![]() 【オリンピック出場選手を一人ずつ、写真と名前、出場種目を紹介する看板が約1キロほどにわたって続く。しかし、8月17日時点でメダルはゼロ。オリンピックの話題は日に日に少なくなってゆく】(テヘランで/撮影:大村一朗) |

アリレザイー選手の「棄権」の理由は、病気によるものと報じられた。予選当日になって病院に搬送されたという。病気の詳細については明らかにされていない。
上から強い圧力がかかったのだろう。しかし、お国の都合を額面通りに受け入れることをよしとしなかったアリレザイー選手は、あえて病気という理由を挙げることで、ささやかな抵抗を試みたのだ、と私は思った。
しかし、そうではなかった。
実は、2004年のアテネオリンピック男子柔道66キロ級でイスラエル選手と一回戦であたり、優勝候補だったにもかかわらず棄権したイランのエスマイリー選手も、公式の棄権理由は、試合前の重量検査をパスできなかったことだった。彼はイスラエル選手との対戦が決まってから重量を抑える努力をやめ、わざと失格になった。オリンピックでは、政治的理由による棄権には罰則規定があるからだ。
アリレザイー選手の棄権理由も、このオリンピックの罰則規定をにらんだものだった。彼には、ささやかな抵抗のチャンスすらなかったのだ。
もちろん、ここまでは私の想像に過ぎない。事実、私の周囲には、「あれは自分の意思で棄権したのだ」と信じて疑わないイラン人もいる。
だが、一般的には、かわいそうという見方が普通である。友人のイラン人は、「何年もこの日のために青春を費やしてきたのに」と同情を隠さない。
実際、イランでは、あるスポーツでオリンピックの出場基準を満たす選手が現れるのは稀なことだ。なぜなら、イランの学校には、体育の授業も部活動もなく、子供たちがあるスポーツを基本から応用まで一通り学べる機会が義務教育には存在しないからだ。
経済的に余裕のある家庭の子供たちは、夏休みにスポーツクラブに通わせてもらい、そこで特定のスポーツの魅力に触れ、中には素質を見出される子供もいるだろう。だが、基本的には、一つのスポーツの裾野は非常に狭く、したがって、世界レベルの実力を持った選手が現れる可能性も低い。
数少ない例外は、小さな頃から身近にあるサッカーと、比較的ジムが多い格闘技系、また、地域に根付いた伝統的道場ズールハーネによるコシティー(レスリング)や重量挙げぐらいである。
イランでは、小、中、高、どこの学校にもプールはない。この国で、オリンピックの出場基準を満たす水泳選手が現れること自体、奇跡に近い。
アリレザイー選手は昨年、オリンピック出場を目指して、祖国を離れ、一年間に及ぶクロアチアでの合宿に望んだ。彼が先月、クロアチアのドブロブニクで行なわれた国際大会でオリンピック出場資格のタイムを出し、イラン水泳界初のオリンピック出場選手となった直後の喜びのインタビューが、今もBBCのサイトに残されている。長いそのインタビューの最後は、こう締めくくられていた。
「水泳のおかげで人生も学業も遅れてしまった。みんなは卒業したけど、僕は今も2年生だ。練習で勉強どころでじゃかった。(イラン水泳連盟の)上の人たちもきっと色々事情を抱えているだろうけど、僕だってこれだけがんばったんだ。イラン水泳界の設備や環境がもっと整えられ、より注目を浴びることを期待したっていいだろ?」
国際大会でイスラエル人選手との対戦を放棄したイランのスポーツ選手は、美談と賞賛の対象となる。帰国の折には、空港で花束とともに政府高官の出迎えを受けるのが常だ。わずかだが報奨金も支払われる。
それらは果たして、一人のオリンピック選手にとって、その才能と努力と無念に見合うものなのだろうか。(おわり)





