小倉清子のカトマンズジャーナル〜1200人の紛争行方不明者
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マオイストの紛争中、政府側治安部隊とマオイストの両者により拘束されたあと、行方がわからなくなった人は、ICRCに登録されているだけでも約1200人いる。数からすると、政府側により行方不明となった人の数が圧倒的に多い。
ほとんどは、2001年から2002年にかけて国家非常事態が宣言されていた期間と、2003年8月末に第二回目の和平対話が決裂したあとの数ヶ月間に当時の王室ネパール軍に拘束されたあとに行方不明となっている。
当時は、紛争に関連した行方不明者が世界で最も多い国という悪名をもらっていたネパールだが、その後和平交渉に入ってからも、この問題は一向に解決されていない。
不明者の行方を解明する委員会が、各政府によりこれまで3回作られているが、主に、ネパール軍側が情報提供に非協力的な態度をとり続けているために、すべて、成果を得ることができずに尻すぼみで終わっている。
以前のブログでも書いたが、今月初めに西ネパールに行ったとき、一つのVDC(村開発委員会)内だけで、31人の行方不明者がいる村を訪ねた。この数は政府側によると思われる行方不明者で、マオイストの側に殺害された人の数は3人である。
31人のうち、遺体が見つかったのは1人だけ。残りの30人は、今にいたるも行方がわかっていない。このうち何人かは、非常事態が宣言されているあいだに、インドに行って行方がわからなくなったもので、ネパール政府側と関係があるかどうか不明だが、それにしても、異様な数であることに変わりはない。
しかも、カトマンズに戻ってから、行方不明者の名前のリストを調べたところ、この村の行方不明者の名前はどこにも1人も載っていなかった。一緒に訪れた女性ジャーナリストらとともに、タライにこんな村があるのかと、大変驚いたのであるが、他にもこうした村があるらしいと聞いた。
まもなく、ある人権機関が調査報告書を出すことになっているが、政府側による行方不明者が最も多いのはバルディヤ郡で、ICRCに登録された人だけでも210人を超える。被害者のほとんどがタルーの人たちである。バルディヤ国立公園の周辺に駐屯する王室ネパール軍に関係したケースが非常に多い。
マオイスト政府がどれだけ真剣にこの問題に取り組むのか、すでに疑問の声が出ているが、どうも、被害者家族に補償金を与えるだけで、真実の究明や関係者の処分までは行わずに終わるのではないかという強い疑いの声もある。





