rimjingang-No2-hs-s.jpg
季刊誌 北朝鮮内部からの通信〜リムジンガン 第2号・夏号
ご注文はこちらへ


ico_new2.gif北朝鮮不動産取引の怪 リムジンガン
〈解説〉住宅闇市場と横行する不正腐敗 2
住宅事情悪化の要因
朝鮮式社会主義制度の下では、国家の所有物である国家住宅の購入や交換を一般住民が行うことはありえない…

ico_new2.gif北朝鮮―嘱託殺人事件 上[事件・事故] リムジンガン
朝鮮で「嘱託殺人」事件が起きた!……と言っても、別に驚くにあたらない。国家権力の不正腐敗により無法地帯化してしまった社会では…

ico_new2.gif北朝鮮不動産取引の怪 リムジンガン
〈解説〉住宅闇市場と横行する不正腐敗 1
朝鮮において、国家による住宅供給制度は、既に一九八〇年代から不正腐敗にまみれながら崩れていったといわれる…

ico_new2.gif市場の民衆たちがもつ「統一」のイメージ [民衆の暮らし]リムジンガン
党と国家の宣伝教化によって形成され、学者や教員、作家、記者らを通して植えつけられた住民たちの統一観は、かつては次のようなものだった…

ico_new2.gif北朝鮮―08年食糧危機の実態と背景を探る 5(リュウ・ギョンウォン)リムジンガン
5 一九九〇年代後半の食糧危機との違いと共通点
これまでにも少し触れたが、一九九〇年代の食糧危機は当初、労働者地区と都市で発生した…

もっと見る

ネパール〜1200人の紛争行方不明者【小倉清子】

小倉清子のカトマンズジャーナル〜1200人の紛争行方不明者

ogura_D.jpg

マオイストの紛争中、政府側治安部隊とマオイストの両者により拘束されたあと、行方がわからなくなった人は、ICRCに登録されているだけでも約1200人いる。数からすると、政府側により行方不明となった人の数が圧倒的に多い。

ほとんどは、2001年から2002年にかけて国家非常事態が宣言されていた期間と、2003年8月末に第二回目の和平対話が決裂したあとの数ヶ月間に当時の王室ネパール軍に拘束されたあとに行方不明となっている。

当時は、紛争に関連した行方不明者が世界で最も多い国という悪名をもらっていたネパールだが、その後和平交渉に入ってからも、この問題は一向に解決されていない。

不明者の行方を解明する委員会が、各政府によりこれまで3回作られているが、主に、ネパール軍側が情報提供に非協力的な態度をとり続けているために、すべて、成果を得ることができずに尻すぼみで終わっている。

以前のブログでも書いたが、今月初めに西ネパールに行ったとき、一つのVDC(村開発委員会)内だけで、31人の行方不明者がいる村を訪ねた。この数は政府側によると思われる行方不明者で、マオイストの側に殺害された人の数は3人である。

31人のうち、遺体が見つかったのは1人だけ。残りの30人は、今にいたるも行方がわかっていない。このうち何人かは、非常事態が宣言されているあいだに、インドに行って行方がわからなくなったもので、ネパール政府側と関係があるかどうか不明だが、それにしても、異様な数であることに変わりはない。

しかも、カトマンズに戻ってから、行方不明者の名前のリストを調べたところ、この村の行方不明者の名前はどこにも1人も載っていなかった。一緒に訪れた女性ジャーナリストらとともに、タライにこんな村があるのかと、大変驚いたのであるが、他にもこうした村があるらしいと聞いた。

まもなく、ある人権機関が調査報告書を出すことになっているが、政府側による行方不明者が最も多いのはバルディヤ郡で、ICRCに登録された人だけでも210人を超える。被害者のほとんどがタルーの人たちである。バルディヤ国立公園の周辺に駐屯する王室ネパール軍に関係したケースが非常に多い。

マオイスト政府がどれだけ真剣にこの問題に取り組むのか、すでに疑問の声が出ているが、どうも、被害者家族に補償金を与えるだけで、真実の究明や関係者の処分までは行わずに終わるのではないかという強い疑いの声もある。

<< 前 │次 >>