![]() 【投票日前、道行く車に支持を訴えるムーサヴィー支持派】 (撮影:筆者/テヘラン) |
大村一朗のテヘランつぶやき日記~運命の土曜日 2009/06/20
運命の土曜日が終わった。0時を回り、もうデモ隊の叫びも聞こえてこない。今夜だけで、一体どれだけの人が死んだだろう。
昨日19日に行なわれたテヘラン金曜礼拝で、最高指導者のハーメネイー師は、1週間にわたって続けられてきた改革派候補の支持者たちによる集会やデモ行進を、今後は断固容認しないと述べた。
それを聞いた改革派の一部の人々は、「終わった」という思いと、「始まる」という思いの、二つの思いを抱いたに違いない。
「終わった」とは、ムーサヴィー候補とともに不正を糾弾し、選挙の再投票を求める抗議デモが、ハーメネイー師の表明によって終止符が打たれたことだ。そして、「始まる」とは、そうなった以上、もはや選挙のやり直しではなく、反体制運動に突き進まなければならないのか、という思いだ。
ムーサヴィー支持者らは、ハーメネイー師に最後の希望を託していた。普段、金曜礼拝の説教などには見向きもしない人たちまで、この日の説教だけはテレビに噛り付くようにして見た。自分たちが危険を犯して1週間続けてきた抗議運動が、最高指導者の英断に結びつくことを祈って。
しかし、その期待はあっけなく裏切られた。ハーメネイー師の口からは、再選挙は有り得ないこと、自身がアフマディネジャードを支持していること、そして、これ以上の抗議運動には重い代償が伴うという、デモ終結への最後通牒が述べられた。
一夜明けて20日の今日、票の再集計について法的権限を持つ護憲評議会と、選挙結果に異議申し立てをしている3候補が話し合いを行う予定になっていたが、ムーサヴィー候補とキャッルービー候補の二人は欠席した。護憲評議会は無作為に選んだ10%の票の再集計を行なうとしていたが、昨日の最高指導者の発言から、こうした再集計が意味を成さないことは明らかだった。
この後、治安維持軍長官が、いかなる無許可の集会、行進に対しても厳罰で望む、と発表した。そして、この日の夕方、デモ行進を予定していた改革派は、大量の犠牲者を出すことを恐れ、行進の中止を発表した。この発表に市民が素直に応じるか否かが、今後の抗議運動の行方を占う鍵とされていた。
果たして、19時半、職場からの帰り道、私を乗せた車がギーシャー橋に差し掛かると、多くの車やバイクが前方からUターンして戻ってくるのが目に入った。「この先は行くな!」と大声を上げる運転手もいる。ギーシャー橋には道路の両側に近所の住人が大勢集まり、大騒ぎになっている。こんな場所で、こんな明るい時間から人が集まっているのを見るのは初めてのことだった。
そこには治安部隊は来ていなかったが、前方から黒煙が上がっているのが目に入った。2キロほど先のトーヒッド広場で衝突が起ったらしい。後で確認したところでは、トーヒッド広場ではちょうどそのとき、数百人の人々が数十人の治安部隊に投石を仕掛け、圧倒的な数で治安部隊を広場から敗走させ、気勢を上げていた。
そのときすでに、テヘラン市街の各地で衝突が起っていた。多くの場所では、トーヒッド広場とは逆に、市民に多くの犠牲者が出ていた。
以前に立ち寄った総合病院に行ってみると、案の定、衝突の負傷者や死者がすでに搬送され始めていた。現場を見たという人の周りには多くの人々が集まり、話に聞き入っている。そうした人々の中には、肩を震わせ、青ざめた表情の中高年の夫婦が多い。自分の子供が運ばれて来てはいないかと、心配でここまで来ているのだ。
その場所からでも、催涙弾と思われる、空に響く鈍い発砲音が頻繁に耳に届いた。もう、どこで何が起きてもおかしくない状況だった。
この日、テヘラン市内では数千人から1万人以上の人々が、ムーサヴィー候補の自制を促す声を無視して街頭に出た。それと引き換えに、多くの店がいつもより早くシャッターを降ろし、従業員は家路を急いだ。おかげで、普段なら0時を過ぎても車の往来が耐えない我が家のそばの通りは、早々と深夜のように静まり返った。
運命の土曜日は、この抗議運動の行方を確かに運命づけたかもしれない。












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