坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(6)
T-WALL (T ウォール)

twitter.gif facebook.gif

【防護壁 T-WALL。2004年当時はまだ壁厚が薄かった。値段は、テキサス型が高さ2.66m×幅1.5m=1枚500ドル。最大のものがアラスカ型で高さ6m=1600ドル前後。車止め程度なら1基200ドルほど。以前、業者を取材したとき、「おみやげにあげるから日本にもって帰るか?」と言われたことがある...。(撮影:2004年/坂本卓/バグダッド)】
ことばで読み解くイラク
戦争とその後の混乱。人びとはどんな思いで生きているのか。ことばからイラクを読み解く。
-------------------------

T-WALL
(T ウォール)

アメリカの侵攻後、イラク国民がまず目にすることになったのは、民主主義ではなく、分厚いコンクリートの防護壁だった。

アルファベットのTを逆さまにした形の壁だから「Tウォール」と米兵や市民はいう。
防護壁は大きさによってテキサス、アラスカ、ネブラスカ、ジャージーなど「商品名」に分かれ、その数は40種類にもおよぶ。

業者によると、イラクでもっとも目にするのが3メートルほどのテキサスで、頭文字からTウォールと呼ぶのが本当の由来だそうだ。

じつは、この壁、もとはブレマー・ウォールと呼ばれた。アメリカが送り込んだ連合暫定当局のポール・ブレマー長官の名をとって命名された。まさにブレマーとともにイラクにやってきた壁であり、また、ほどなくして、この壁なしではだれもブレマーを守ってくれなかったという皮肉ともなった。

武装勢力の攻撃拡大にともなって、あらゆる行政施設、治安機関の建物や外国人が泊まる主要なホテルのまわりは防護壁が取り囲み、城壁のように要塞化された。だが、同じように銃弾が飛び込んでくる小学校に防護壁が置いてもらえるようなことはなかった。

【Tウォールはその後、壁厚が2倍以上ある堅固なものに。イラク軍の検問では、自動車を1台ずつこの防護壁に挟み込んで車内をチェックをする。もし車が自爆しても被害を最小限にするためだ。(撮影:2007年/坂本卓/バグダッド)】
当初はコンクリートのムラやカケなどが目立つかなり粗いつくりだったが、コンクリート内部は鉄筋網が組まれていて、なかなか強固だ。量産化が始まると材質や品質が向上し、「イラクの名産品」ともなった。

イラクに自衛隊が派遣された当時、大型トラックに防護壁を満載してサマワ駐屯地に押し売りにいったたくましいイラク人業者もいる。このときは、「発注契約のない取引は認めない」と自衛隊に追い返されたが、こうした「壁ビジネス」はイラク各地に急速に拡大した。

防護壁をつくっている業者はたいていが建設会社で、壁と道路、橋梁、ビルをセットで請負う。アメリカやヨーロッパ系資本だけでなく、アラブ、トルコ資本のゼネコンが、この「復興ビジネス」で、大もうけをしていった。

宗派抗争が激しくなると、バグダッドでスンニ派住民が多く暮らすアダミア地区が「武装勢力の拠点」として、まるごと壁で封鎖された。パレスチナの分断壁と同じだ、と地区の住民は怒りをあらわにしたが、その一方で、外部から侵入してきては地区住民を拉致、殺害していたシーア派民兵を阻止することになった壁に複雑な思いを寄せるしかなかった。

武装勢力の攻撃から政府機関を守った堅固なTウォールは、宗派抗争が始まると、市民どうしを隔て、引き裂いた。

米軍の都市部からの撤退をうけ、マリキ首相は8月、バグダッド市内から40日以内に防護壁を撤去すると発表した。国内の治安が改善したことをアピールしたかったのだろう。ところが中央官庁の建物があいついで爆弾攻撃を受け、「壁撤去の指示」は翌月には撤回されてしまう。

治安状況がさらに良くなれば、いつかはTウォールは消えるかもしれない。だが、宗派や民族をめぐって人びとのあいだにできてきまった「厚い壁」がとり除かれるには、まだ時間がかかることだろう。

--------------------------------------------------------

坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(1)「私はイスラム教徒、そしてイラク人」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(2) 「来たれ ジハードへ」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(3) 「グレンダイザー」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(4) 「女性の自爆攻撃」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(5) 「狙撃だ」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(7) 「靴投げ」

坂本卓
クルドが専門で、アラブは専門ではありません。アラビア語は奮闘中ですが、コーランや文化の影響もあり、クルド語と同じ単語も数多く見られます。バグダッド滞在中にアジアプレス現地スタッフのモハメッドからアラビア語集中講座を受けるも、まだ道のりは長いです。このシリーズでは、これまでの取材とモハメッドからの情報をもとに、いまを読み解く「イラクのことば」を紹介します。

【関連リンク】
新しいイラク国旗をめぐって
バグダッド イラク軍従軍取材
特集 イラク戦争 アジアプレスが取材した"戦争の現場"

最新PR
         
    
メディアとジャーナリズム
Yahoo!ブックマークに登録する はてなブックマーク Buzzurlに登録する Google Bookmarksに登録する ニフティクリップに登録する newsingに登録する
[PR]
APN会員募集中