![]() 【マリキ首相とともに会見するブッシュ大統領。この直後、ザイディ記者はブッシュめがけて靴を投げつけた。多くのイラク人がこの行為を賞賛したが、一方で複雑な感情を抱いたのも事実だ】(バグダディーヤTV映像より) |
戦争とその後の混乱。人びとはどんな思いで生きているのか。ことばからイラクを読み解く。
テラバ・ベル・ヘダア 「靴投げ」 |
そう叫んで、テレビ局アル・バグダディーヤの記者ムンタダル・アル・ザイディが、ブッシュ大統領に靴を投げつけてから1年。
アメリカ大統領に危害を加えようとすれば、警護員にその場で射殺されることもありえた。
「あの時はきっと死ぬと思っていた」と、ザイディ記者はのちにテレビで語っている。
死を覚悟してまでも、行動に及んだ怒りと悲しみはいかばかりだったろうか。
アメリカの侵攻によって、イラクは引き裂かれ、戦闘と混乱で、直接的、間接的に数十万にもおよぶ市民が犠牲となった。
ザイディ記者自身もスンニ派武装勢力に拉致された経験があり、また、これまでに同局カメラマンやスタッフら4人が誘拐されたり、戦闘の犠牲となるなどして殺害されている。
彼が育ったのはバグダッドのサドル地区。かつてサダムシティと呼ばれたこの地区は、フセイン政権下で弾圧されてきたシーア派が多数を占め、劣悪な環境のまま放置されてきた。イラク戦争後、サドルシティと名を変え、反米強硬派民兵組織マハディ軍の一大拠点となっていた。
ゆえにこの地区での米軍の掃討作戦も熾烈を極め、衝突のはざまで多数の民間人が犠牲となってきた。
![]() 【釈放後、バグダディーヤの特番インタビューに出演したザイディ記者。百花繚乱のイラクの衛星放送局のなかで、バグダディーヤTVは宗派色、政治色の目立たない中立局として知られていたが、「靴投げ事件」以降は、事件を肯定し、記者の行為を称える報道が目立った】(バグダディーヤTV映像より) |
そして2008年12月14日、ブッシュにとって4回目となった最後のイラク訪問で靴投げ事件が起きる。アラブ社会では靴を投げる行為は相手を最も侮辱する行為のひとつ。ブッシュの面目を台無しにした彼は一躍有名人になり、歓喜に沸くイラク市民の姿とともに世界のメディアに映像が配信された。いくつもの政治勢力が彼を「英雄」に祭り上げ、自派の政治運動に利用しようとした。
メディアが大きく伝えれば伝えるほど、イラクを越えてザイディ記者の「偉業」は伝説化していった。娘を彼とぜひ結婚させたい、と申し出る人が殺到し、彼の投げた靴を9億円で買いたい、とサウジの資産家が名乗りを上げ、彼が履いていたトルコの靴メーカーは靴(シューズ)をダジャレにして「バイバイ・ブッシュー」などとして売り出した。
こうした世界から寄せられた「賞賛」に比べると、じつのところイラクの一般市民の心情は、彼に理解は示しながらも、すこし複雑な心境であったようだ。
「よくやった」という声はもちろん圧倒的ではあったのだが、同時に「記者ならほかの方法でアメリカへの怒りを表現すべきだった」という声も少なくなかった。
「あれが旧政権下のフセイン大統領の会見の場だったなら、彼は同じことをしただろうか。彼だけでなく、家族、親戚、友人まで拷問され、全員処刑されていただろう」
そう冷静に分析する人もいた。
一部のイラク人ジャーナリストたちの間からは、「靴投げ」に対して厳しい非難が巻き起こった。
「我々記者の仕事は靴を投げることではない」「アメリカの銃に対して、彼はペンで挑むべきだった」「イラク人が野蛮だというイメージを世界に流布させ、記者の品格を貶めた」
こうした批判に対し、彼自身も大いに葛藤し、苦悩にさいなまれることになった。ザイディ記者は、のちにバグダディーヤテレビの特番でのインタビューで次のように語っている。
「記者として間違っている、とのイラク人記者たちから批判は重く受けとめています。しかしその前に自分は一人の人間であり、これまでにもたらされたいくつもの死と、引き裂かれた人びとの苦しみをつねに深く心に刻み続けてもきました。イラクで起きていることを伝えるのが記者としての自分の仕事と思います。しかし、私たちの声はもう枯れ果て、ペンは乾ききり、涙がこぼれ落ちるばかりでした。その涙はどこからくるのか。私たちの兄弟姉妹、母、そして人びとの命のを奪ってきた、いくつもの悲しく忌まわしい出来事から流れ出た涙のひとつひとつのしずくなのです」。
![]() 【靴投げ行為には一部イラク人記者から反発もあったが、新聞もザイディ記者の特集記事を掲載すると売れゆきがあがった】(2009年) |
「自由な社会だからこそ、こういうこともありうるのさ」
ザイディ記者を追い詰めさせたものこそ、「自由な社会」と引き換えにイラクにもたらされた、いくつもの悲しい死なのである。
外国元首への暴行罪で禁固3年の判決(その後1年に減刑)を受け、9か月の服役を終えて釈放されたザイディ記者は、12月1日、訪問先のフランスの記者会見の席上で、イラク人の記者から靴を投げつけられることになった。
イラクでは誰もが家族や仲間を殺害されるといういくつもの悲しみを経験してきた。どうすればこの混乱が終わり、引き裂かれた人びとが再び理解しあえるようになるのか。ザイディ記者の行為には批判的な気持ちを抱いている記者たちも、イラク人として思いは同じである。
そして今日も、いつ殺されるか分からない最前線の現場で、命がけの取材を続けている。
戦争を起こしたブッシュはもう過去の人であり、何の責任をとることもなく、大統領の任期を終えた。だがイラク人にとっての戦争はいまも続いているのだ。
靴を投げられたのは、果たしてブッシュだけだったのだろうか。
この戦争の直接の加担者だけではない。それを支持し、傍観してきた者たちすべてに、彼の靴は投げつけられたのではなかったか。
<この「靴投げ」は、公用アラビア語(フスハー)だとラマ・アル・ヘダア رمى الحذاء なのですが、イラク人のあいだでは、「靴投げ事件」のことはテラバ・ベル・ヘダア(またはクンデラ) ضربه بالخذاء と言っています。せっかくなのでイラクで使われている表現にします>
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(1)「私はイスラム教徒、そしてイラク人」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(2) 「来たれ ジハードへ」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(3) 「グレンダイザー」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(4) 「女性の自爆攻撃」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(5) 「狙撃だ」
坂本卓 「ことばで読み解くイラク」(6) T-WALL (T ウォール)
坂本卓
クルドが専門で、アラブは専門ではありません。アラビア語は奮闘中ですが、コーランや文化の影響もあり、クルド語と同じ単語も数多く見られます。バグダッド滞在中にアジアプレス現地スタッフのモハメッドからアラビア語集中講座を受けるも、まだ道のりは長いです。このシリーズでは、これまでの取材とモハメッドからの情報をもとに、いまを読み解く「イラクのことば」を紹介します。
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