国家が情報隠蔽をするとき(42)――第1部 米兵犯罪裁判権をめぐる日米密約【吉田敏浩】

山崎正則氏
妻が米兵に殺害された現場の雑居ビル入口に立つ山崎正則氏。
国家が情報を隠蔽するとき





41 人命よりも日米同盟が重いのか!

「妻が米兵に殺されるまで、私も妻も米軍は日本を守るために駐留していると思っていました。米軍と日本政府が言うように『良き隣人』としてです。だから妻は道を聞かれて立ち止まったのです。それなのに妻は血まみれになって殺されました」

そう語ってから、山崎はあるエピソードを挙げた。事件が起きた年の前年、2005年秋のある日、妻の好重と横須賀中央駅前で待ち合わせときのことだ。そこにたまたま、乳母車に幼女を乗せた米兵の家族がいて、その子が何かむずがっていた。それを見た好重は、山崎がゲーム機でたまたま取ってきて、持っていたぬいぐるみをその子にあげた。父親の米兵は笑顔で「サンキュー」と言った。

「米兵の家族も喜んだし、私たちも親しみを覚えました。米軍は『良き隣人』政策を掲げて、日頃から日米親善をアピールしています。だから、妻は米軍に信頼感を持っていたのです。しかし、それはまったく裏切られました。いまになって思えば、米兵に話しかけられたら逃げるようにと、妻に言っておくべきでした……。基地がなければ妻が殺されることはなかったし、同様の事件も起きません。基地がなくなればいいと思いますが、それがすぐには無理なら、米軍も日本政府も米兵に犯罪を起こさせないよう厳重に監督すべきで、その責任もあります」

山崎は妻の無念を晴らし、同様の事件を繰り返させないためにもと、2006年10月20日、加害者の米兵と国(日本政府)を相手取って損害賠償請求の訴訟を起こした。

加害者の米兵とともに国も相手取ったのは、安保民事特別法(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法)第1条の規定に基づいている。

同条は、米軍人や軍属が「その職務を行うについて日本国内において違法に他人に損害を加えた」ときは、国の公務員または被用者が「その職務を行うについて違法に他人に損害を加えた」場合の国家賠償法の規定に準じて、国が「その損害を賠償する責任」を負うと定めている。

裁判で原告側は、米兵個人の責任と在日米海軍上司の監督義務違反を問うとともに、国は国民の生命を守る義務がありながら現場パトロールを怠るなど、米兵犯罪の防止のための指揮監督権限の行使を怠った作為義務違反があると訴えた。

凶悪な米兵犯罪が起きる度に、米軍は綱紀粛正と再発防止を誓う。しかし、事件は繰り返される。山崎の妻が殺された事件後も、横須賀では、2007年7月5日に米兵が日本人女性2人をステーキナイフで突き刺す殺人未遂事件が、2008年3月19日には日本人タクシー運転手が米兵に刺殺される事件などが起きた。

山崎は、妻が殺された事件の直後、在日米海軍司令官と第七艦隊司令官が共同発表した日本国民宛て公開書簡の一節が忘れられない。

両司令官はお詫びと哀悼の念を書き記し、「凄惨な事件を二度と繰り返さないよう、全力を尽くす」と綱紀粛正を誓ってから、米海軍人が「皆様の良き隣人、良き外交官となるべく日々努力しています」と、日頃の「良き隣人」政策のアピールを繰り返している。そして、公開書簡はこう結ばれていた。

「この悲しい事件をきっかけに日米の関係と同盟がより一層強化されるよう願ってやみません」

これを読んだとき、山崎は怒りがこみあげたという。

「ひとりの人間の命よりも、日米同盟を優先させるということじゃないですか。この発想が数多くの米兵犯罪・事故による死者を生み出しているんです。日本政府が、被害者の側に立って地位協定の見直しを迫ることもせず、米軍有利の密約を結び、それを国民の目から隠そうとするのも、やはり日米同盟最優先だからでしょう」 

山崎は事件を風化させないために、訴え続けていきたいという。

つづく(文中敬称略)

    
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