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不信任案で数のゲームが始まる(2010/03/20)
いったんは退院をしたネパール会議派のギリジャ・プラサド・コイララ党首の病状が、再び悪化している。今夕、ネパール首相をはじめとする閣僚が様子を見に見舞ったが、問いかけに対して返答をすることができないほど弱っていたそうである。
週刊紙Jana Asthaによると、マオイスト、というよりはプラチャンダの思惑は以下のとおりであるという。まず、特別議会を召集して、現政府が治安維持と物価高のコントロールに失敗したことなどについて議論をしたうえで、政府不信任案の動議を提出する。議会で政府の不能さを暴露すれば、マデシ・ジャナアディカール・フォーラム(25議席)とネパール共産党マルキスト・レーニニスト(10議席)や他の小政党だけでなく、与党の統一共産党からも25議席以上が不信任案の支持票を投じる。過半数をとるには301議席以上の賛同票を得なければならないが、マオイストがもつ238議席にこれらの支持票が加われば不信任案は認可されるという計算だそうである。
もちろん、これは"期待票"であって、フォーラムの議員全員が不信任案を支持するか否か不明であるし、フォーラムの票が割れることが明らかになった場合、統一共産党から果たして支持票を得ることができるかどうかも不明である。このシナリオを成功させるには、フォーラムの全票を獲得しなければならないが、不信任案の投票となった場合、ネパール首相をはじめとする与党はさまざなま手段を使って票を買おうとするだろう。その場合、フォーラムの一部議員が"買われる"可能性もある。与党側も確実票は過半数から程遠く、両者とも小政党の票をいかに数多く獲得するかに勝利がかかってくる。
不信任案の動議を提出することに関しては、マオイスト党内にも反対派がいる。なんとしても首相に返り咲きたいプラチャンダはもちろん推進派だが、バブラム・バッタライとキラン(ナンバー3とナンバー2)は憲法を制定するまでは政権交代を進めるべきではないと主張したという。プラチャンダは自身の首相のもとに、フォーラムと統一共産党も入閣すれば、議会で3分の2の議席を獲得できるために、憲法制定を容易に進めることができるとしているという。しかし、それならば、バブラムを首相にしても問題はないわけなのに、バブラムを首相にすることには党内で反対派が多いとして、自分が首相になるべきと他党に話しているという。プラチャンダの動機は完全に理にかなっているとはいいがたい。野心のほうが強かった場合、失敗する可能性が高い。
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ギリジャ・バブよ永遠に!(2010/03/22)
一昨日、自宅に駆けつけることができなかったため、昨日は私も"ギリジャ・バブ"に最後のお別れをしに、スタジアムに行くつもりでいた。午前9時、トリプレスワルにある国立スタジアムにギリジャ・プラサド・コイララ党首の遺体が到着したというニュースを聞いてすぐに家を出た。スタジアムまでは我が家から歩いて15分ほどである。すでにタパタリのほうまで一般人の行列ができており、交通規制が始まっていた。家にあった黄色の絹のカターをバッグに入れ、スタジアムの近くにある花屋さんで向日葵を1輪買った。ネパール政府発行の記者証を使って、遺体が安置してある運動場の中ほどまでスムーズに入ることができた。遺体にカターと花を捧げたあと、プレス用の西側席で2時間ほど、知り合いの記者と話しながら会場を見守った。その後、午後3時に、遺体が荼毘に付されるパシュパティナート寺院に向かうために、軍用トラックに載せられて葬送行進とともにスタジアムを出発する前に、再び見に行った。
それにしても、すごい人出だった。2001年6月の王宮事件でビレンドラ国王一家が亡くなったとき、そして、2006年の4月革命のときのデモを思い出させる群集だった。1990年の民主化後、歌手のナラヤン・ゴパル、政治家のガネシュ・マン・シン(NC)、マンモハン・アディカリ首相(UML)、そして王宮事件で亡くなったビレンドラ国王に次ぐ、5人目の国葬である。マダン・バンダリ、ガネシュ・マン・シン、そしてビレンドラ国王一家と、私もネパールに住んだ17年の間に、さまざまな政治家の"葬送"を見てきたが、昨日のギリジャ・バブの葬送は、間違いなく、これまでで最も多くの人が参加したものだった。コイララ党首の政治家としての"偉大さ"を改めて感じた最後だった。
新聞各紙がさまざなま追悼記事を掲載しているが、いずれもコイララ党首が「民主化のための不屈の闘志」であったことを讃えるものである。「ネパールの保護者」がいなくなったことで、この国の将来がどうなるか憂える記事もある。昨日、葬送行進を見に行って、道端で会ったコラムニストのC.K.ラールに「ギリジャ・バブを一言で言うと、どんな政治家だった」と聞いた。少し考えたあと、彼はこう答えた。「決して諦めることのない政治家。そこが、他の政治家と違っていた」。多くの人がコメントしているように、ギリジャ・バブがいなければ、この国は共和制になることはなかっただろう。彼は最後まで王制維持を試みたが、共和制実現に不可欠の貢献をしたこともまた事実である。最後に、昨日の葬送行進でネパール会議派の支持者が叫んでいた言葉をギリジャ.バブに捧げたい。
ギリジャ・バブ、アマル・ホース!(ギリジャ・バブよ永遠に!)
シャンティ、ラ、サンミダーン!(平和と憲法を!)
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「王制は終わっていない」(2010/03/26)
昨日はラムナワミの日だった。毎年、この日、ジャナクプルにあるラム寺院とジャナキ寺院には大勢の人が参詣に訪れるが、昨日は現国家元首のラム・バラン・ヤダヴ大統領と元国家元首のギャネンドラ元国王がかち合いそうになったため、ヤダヴ大統領が参詣時間を早めたと伝えられた。元国王は一般国民として、ブッダ.エアーの飛行機に乗ってジャナクプルを訪れたものだが、当地で民間テレビAve Newsの現地記者のインタビューに答えて発言した内容が物議をかもしだしている。ちなみに、ギャネンドラ元国王がネパールメディアのインタビューに応じたのは、2008年にナラヤンヒティ王宮を去る前に王宮で記者会見を開いて以来初めてのことである。
問題となったのは、「(王制が終わったというのは)仮定にすぎない。王制は終わっていないと思う」という発言だった。元国王のこの発言の真意は理解しかねるが、この前後に「国民の真意には従う」と話していることから、共和制になったのは、政党が勝手に決めたことで、国民は今も王制を支持しているということを示唆しようとしたかに思える。
当然、マオイストをはじめとする政党リーダーは「王制を復活させるなどという白昼夢をみるべきではない」(NCのラム・チャンドラ・パウデル)「(元国王を)処分すべきだ」(バブラム・バッタライ)などと、元国王を手厳しく批判をしている。ところが、ネパールで最も人気があるネパール語ブログ「mysansar.com」の読者コメントを読むと、たいへん興味深い。ほぼすべてのコメントが元国王を支持して、政党政治家を厳しく批判しているだけでなく、多くの読者が「共和制になってからよりも王制のときのほうが良かった」とする感想を書き込んでいる。国王に戻ってきてほしいとまで書いている人もいる。
このブログにコメントを書き込むネパール人は、海外に在住する人も多く、中流以上の人たちだろうと想像することができる。したがって、これらのコメントが一般国民の平均的な心情を表しているとは言い切れないかもしれないが、それでも、とくに若い年齢層の、政党と政治に対する一般的な(嫌悪の)心情をある程度表していることは確かである。政党とは関係のないネパールの一般国民が、自国の政党政治家をどう思っているのか、どれだけの政治家が的確に感じ取っているのだろうか。憲法制定のことも、中央政界で起こっている党内.党間の抗争も、一般国民にとっては単なる茶番劇にすぎないのである。いつまでも、国民不在の政治を続けていると、王制復古の可能性も完全に否定できないような状況になりかねない。
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国王発言への反応(2010/03/26)
毎朝、起きてすぐにすることは、家に配達されてくる新聞に目を通すことである。今日の新聞でまず目についたのは、日刊紙Nagarikの一面に掲載されたC.K.ラールの元国王発言に関するコラムだった。コラムニストが書いた記事を一面に掲載するのは同紙独特の編集様式である。ラールは元国王がコイララ党首逝去の直後にこうした発言をしたことに対して、27日に最大規模の国民が葬送に参加したことから、ギリジャ・バブは国民の真の保護者であったことを証明したが、コイララ党首亡き後、元国王が"国民の保護者"として君臨する意思を示唆したのであれば、それは大いに間違ったことであると書く。
同紙は社説でもギャネンドラ元国王の「王制は終わっていない」という発言を取り上げている。国民から選ばれた議会で圧倒的多数により可決されて共和制に移行した事実を指摘して、「王制は終わったのだ」と元国王の発言を否定し、元国王が王制を復活させる"夢"を見ているのは、政党政治家たちの情けない行動のためであると結論している。
日刊紙Kantipurも今日の社説でこの問題を取り上げていた。結論はNagarikと同様に、国民の政党に対する不信感が強まっていることを理解したうえで、元国王はこうした発言をすることができたもので、隙を与えた政党政治家に責任があるという論調である。英字紙The Kathmandu Postはもっと明確に、国民がまだコイララ党首の死を悼んでいるときに、元国王がこうした発言をしたことを批判して、「ギャネンドラはまた間違いを犯そうとしている」と主張している。
3紙すべての論調に私も同意する。元国王にこうした発言を許した政党政治家たちには重大な責任がある。しかし、だからといって、王制が復活すべきだと考えるのは誤りである。昨夜のBBCラジオ・ネパール語放送のインタビューで、国王派の国民民主党ネパールのカマル・タパ党首に向けて、BBCの記者が投げつけた質問に私も共感を覚える。「では、元国王は国民の保護者として、一体、何をしたというのですか?」
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あと、2ヶ月(2010/03/29)
5月28日まで、残すところ2ヶ月となった。制憲議会は議論することがないために休会中。憲法委員会に憲法条項案を提出したのは2つだけ。どう考えても、期限内に憲法を制定することは不可能である。政党政治家のなかには、「やる気になれば、2週間で憲法はできる」などと豪語している人もいるが、どの政党にも"やる気"は見られない。憲法専門家のジャナルダン・シャルマは「5月28日までに憲法ができなかったら、制憲議会は解散される」と、現憲法では制憲議会の期限を延長することは違憲であると主張している。「期限内にはできないこと」はほぼ確実となったが、それを誰が言い出すかが問題である。最終的には、ハイレベル政治メカニズムがこの問題を話し合うことになるのだろうが、肝心のメカニズムはギリジャ・バブ亡き後、誰がこれを率いるかという些少な問題で対立している。
誰と話しても、この国は崩壊に向かって進んでいると希望のない意見ばかりである。政治が混乱しているあいだに、経済は実質的に崩壊寸前の状態にまで悪化しているが、最悪の経済状態に警鐘を発する政治家さえもいない。ここまできても、国と国民のことを真剣に考えている政治家がいない。
BBCラジオ・ネパール語放送の討論番組「サージャ・サワル」を聴きながら、これを書いている。今日の議題は「5月28日に憲法はできるかどうか」というもの。各政党からの代表の話しを聞いていると、一般参加者のほうがよほどまともな考えをもっているなと感心する。「制憲議会は解散されても、大統領の任期は継続可能」と話す法律家(スールヤ・ドゥンゲル)、「5月28日に憲法ができなかったら、ビドロヒ(謀反)をして、国民が憲法を作る」と話すマオイスト議員(エカラジ・バンダリ)。「国民は制憲議会議員に5月28日までの任期しか与えていない」と任期延長に反対する一般参加者の女性。私も任期の延長はすべきではないと思う。政党は何としても期限内に憲法を制定すべきである。それ以外のオプションは考えるべきではない。








