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リムジンガン1号~7号

復刻連載「北のサラムたち1」第39回 コラム(1) 「腹が減った!」90年代の北朝鮮人々が食べていたもの

飢餓がひどかった当時の北朝鮮の一般的な食事を試作してもらった。小麦粉を溶いた草粥(手前)、トウモロコシの重湯(右)、おからと野草を炒ったもの(奥)。

北朝鮮の料理も、当然のことながら韓国と基本的にルーツは同じである。味噌、醤油、肉のだしをベースに唐辛子、ニンニクをふんだんに使う。辛味は朝鮮半島を北上するにつれマイルドになると言われており、筆者が1995年に平壌のレストランで食べた代表的な朝鮮料理のチゲ鍋、冷麺、キムチなどの味は、韓国料理に比べて淡白だった。

庶民の料理も、かつては韓国の家庭料理と似たようなものだったはずだ。「かつては」と過去形で書かなければならないのは、周知の経済破綻と食糧難のためである。

1990年代以前の北朝鮮の庶民が何を食べていたかを理解するためには、まず配給制度について知る必要がある。月に2回、穀物と味噌、醤油、塩などの調味料が規定量配分されていた。野菜や魚などのおかずは、副食物商店に購買切符を持っていくと国定の安い価格で買えるはずであった。だが、おかずは経済不振の始まる1970年代後半には副食物商店から消えてしまったという。
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穀物配給は大人一日コメ700グラムが基本だが、炭坑労働のようなきつい職場では900グラムというように、年齢や職業によって差があった。コメ700グラムは3合ほど、ざっと茶碗6杯に当たる。多いように思えるが、ほかにカロリー源が乏しいことを考えると、決して充分ではない。

やはり1970年代から質量の低下が著しく、トウモロコシや小麦粉、イモ類などの雑穀の比率が高くなり、戦争準備のための備蓄などの名目で量が減らされていった。そして、経済が大混乱に陥った1993~95年頃には、食糧配給システムはほぼ完全に崩壊。飢饉が始まったのだ。
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