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復刻連載「北のサラムたち1」第2回 プロローグ―ふたつの瀋陽事件(2) 限界に達したハンミ一家の潜伏生活 石丸次郎

ハンミは2000年1月に中国で生まれた。若い夫婦は「中国でならなんとか育てられると思った」と言う。母のリ・ソンヒさんと。事件の前年の2001年1月撮影石丸次郎(アジアプレス)

◆限界に達した潜伏生活
日本総領事館に駆け込もうとした5人の北朝鮮難民は、前年の2001年6月に北京のUNHCRに駆け込んで韓国亡命を果たしたチャン・キルス氏一家7人の親戚だった。17歳のキルス少年の祖父の妹が、ハンミの祖母に当たる。

2001年1月、私は、吉林省でこの北朝鮮難民一族総勢16人のうち、まだ赤ん坊だったハンミを含めた9人に会って取材していた。延吉市の隠れ家で会ったこの難民一族は、長くなった潜伏生活に疲れ切った様子だった。中国当局の取り締まりは日に日に厳しくなる一方なのに、解決策が何も見えないのだ。取材のために集まってもらったのに、その場は身の振り方をどうするのかを話し合う会議のようになった。

「東南アジアに逃げよう」「いや韓国大使館に相談に行こう」

と、各々が当てのない話を繰り返すだけで、誰にも妙案はなかった。一族は焦りと苛立ちを初対面の私にも隠そうとしなかった。話し合いは罵り合いのようになり、場の雰囲気はどんどん険悪になっていった。そんな中で、大人の事情のわからぬハンミだけが、無邪気に笑ったり、乳を欲しがってぐずったりするのだが、その瞬間だけは大人たちも愁眉(しゅうび)を開き、中国生まれのハンミに微笑みかける。ばらばらに空中分解しそうなこの一族を、ハンミの無邪気さが辛うじて繋ぎとめている、そう見えた。

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