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復刻連載「北のサラムたち1」第18回 40年目のSOS 在日帰国者一家の物語(2) 清津到着の日に崩れた幻想

敗戦直後の写真ではない。1994年に撮影された李昌成、姜英子さん一族の最後の記念写真(右端李さん、後列左端が姜さん)。帰国運動から40年近く経った元在日朝鮮人の姿だ。2002年時点で北朝鮮で暮らしているのは半分余り。残りは亡くなったか中国へ逃亡した。

 

在日朝鮮人の北朝鮮帰国事業

1959年から1984年まで続いた在日朝鮮人の北朝鮮帰国事業では、総計9万3000人余り(うち日本国籍者7000人弱)が北朝鮮に永住帰国している。日本社会の朝鮮人差別や貧困と決別し、社会主義祖国の建設に参加するのだという希望を胸に抱いての帰国だった。

日本の植民地支配が終わって約3年後の1948年、朝鮮半島には米ソを後ろとする二つの国家が出現した。大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国である。その頃日本には約60万人の朝鮮人が居住していた。韓国を支持するのか、社会主義の北朝鮮を支持するのか。在日朝鮮人社会にも祖国分断の問題がなく持ち込まれるようになった。

1950~1960年代の在日朝鮮人社会の勢力図は、北朝鮮支持の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が、韓国支持の在日本韓国人居留民団(民団、のちに在日本大韓民国民団)を圧倒していた。日本社会の底辺に置かれ貧しかったがゆえに、在日朝鮮人の多くが社会主義の未来に希望を託していたのだ。

また、北朝鮮は抗日闘争のリーダーの一人、金日成(キム・イルソン)が国家の指導者として、朝鮮戦争後の復興をソ連・中国の援助でいち早く進めていたのに対して、韓国は(イ・スンマン)、(パク・チョンヒ)大統領に強権、独裁者のイメージが強いうえ、経済面で当時は北朝鮮に大きくリードされていた。国家の正統、正当性のイメージでは韓国より北朝鮮が圧倒的に優位にあったと言うべきだろう。
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