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復刻連載「北のサラムたち1」第19回 40年目のSOS 在日帰国者一家の物語(3) ここが楽園か?

母親の還暦祝いに撮った姜英子(右から二人目)さんの家族写真。左から妹、姉、母。右端は弟。90年代初め頃。精一杯の御馳走を並べて祝ったという。皆、痩せている。

 

「ここが楽園か?俺を騙したな、どうしてくれるんだ!」

清津港で下船した後、李昌成さんら351人の帰国者は、港の側の「招待所」と呼ばれる宿泊施設に入れられた。そこで配置が決まり、北朝鮮全国に散っていくことになる。招待所に入ってから昌成さんは怒りを爆発させた。自分に北朝鮮への帰国を勧めた朝鮮総連の幹部が同じ船に乗っており、その人を捕まえて激しく問い詰めたのだという。

「『ここが楽園か?俺をしたな、どうしてくれるんだ!』と言うて、胸ぐらをつかんだんですが、相手が年寄りなもんで殴るわけにもいかず、仕方ないから石炭ストーブ用のスコップで招待所のガラスをぶち割りました。その幹部もしょげ込んでしまってね、考えたらかわいそうなんですよ。自分も北朝鮮はいいところだと信じてたんだから。まあ、その幹部も騙されたというわけです」

招待所で最初に出た食事はケジャングク(狗汁)だった。ご飯は白米100%だったという。朝鮮戦争休戦から10年も経っていないこの当時、北朝鮮の食糧事情は楽ではなく白米は貴重品だったはずだ。白米を出したのは、帰国同胞をちゃんと迎えてあげようという北朝鮮当局なりの配慮だったと思われる。しかし、当時の北朝鮮にしては贄沢だったであろう食事にも、帰国者たちの大半は箸をつけなかったという。

「コメからすえた臭いがして食べられなかったんですよ。色もくすんだ色でしたね」

と、昌成さんが振り返る。妻の姜英子さんも、招待所の食事は臭いがきつくて食べられなかったことを覚えている。
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