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リムジンガン1号~7号

復刻連載「北のサラムたち1」第30回 40年目のSOS 在日帰国者一家の物語(14) 冷淡な韓国大使館の対応

モスクワの赤の広場を歩く李昌成さん。日本から北朝鮮に渡って38年が経っていた。2000年10月モスクワで撮影石丸次郎

 

「あのう、私たちは北朝鮮から逃げてきて韓国に行きたいんですが、今から大使館に伺いますので相談に乗ってください」

モスクワ時間午前9時過ぎ。ホテルの部屋から李昌成さんが韓国大使館に電話を入れた。傍らで、妻の英子さん、次女のスミがじっと聞き耳を立てている。

「今日は忙しい? そんなこと言っても、こっちも困ってますから、そのう、何とか会うだけ会ってくださいよ…」

嫌われたら損だという思いが先に立つのはわかるが、受話器を持つ昌成さんは、相手が目の前にいるわけでもないのにびるような薄笑いを浮かべてぺこぺこしている。そして、首を横に振りながら、助けを請うような目を私に向けると、昌成さんはいきなり受話器を傍らにいる私に押し付けた。私は当惑しながら応対に出る。

「えー、私は日本の記者で、この一家が北朝鮮から逃げ出して以後、ずっと彼らの取材をしてきました。このたび、ロシアに脱出しモスクワの韓国大使館の力を借りたいということなので、最後まで見届けようと来たんです…」

大使館員「あのねえ、実は本国からエライさんが来るので大使館はバタバタしてるんです。あまり時間は取れませんよ。それと、私たちにできることは残念ながらあまりないので、期待しないほうがいいですよ」

予想していたより、ずっとつっけんどんな言い草である。受話器を置いた後、私は3人尋ねた。

「籠城……どうします?」

誰も口を開かない。大使館に自分の身体を鎖で縛り付けてでも、韓国行きを実現するという昨日の決意はどこかへ吹き飛んでしまっていた。大使館員の取り付く島のないような対応に機先を制された格好だ。
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