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リムジンガン1号~7号

復刻連載「北のサラムたち1」第38回 在日朝鮮人4代の彷徨の果て(6) キョンミさんはその後モンゴルに向かった

リョンホさんを連れて北朝鮮に渡った在日一世の母親が北朝鮮で撮った古希祝いの写真。1990年頃の撮影だと思われる。

2001年の春先に、在日帰国者難民のパク・キョンミさんは家を出た。中国朝鮮族の農村青年シン・ヨンギさんのもとに「嫁いで」3年、二人の間にできた娘のキルファを置いてのことだった。

そんなキョンミさんに心を寄せる中国人男性が現れた。父のパク・リョンホさんも同居してつかの間の穏やかな時間が流れ、日本にいる私にも「落ち着いた」と連絡がきた。

しかし、2003年春にキョンミさんとリョンホさんは密告により中国公安に逮捕され北朝鮮に強制送還されてしまった。リョンホさんは二度目の送還である。1年後、その中国人男性の懸命の援助で父娘はまた中国に脱出することができた。
関連写真:映像に記録された少女たちの受難(8) 大飢饉時代のホームレス少女の苦難を振り返る-3 食べ残しで延命していた頃

連絡を受けてすぐ中国に向かった私は、二人の姿を見て驚いた。北朝鮮から再脱出して一週間経っていたが、肉は落ち、顔は浮腫んで精気は失せていた。送還された北朝鮮で短期強制労働キャンプの「労働鍛錬隊」に収容され、乏しい食事で労働させられていたという。(写真参照)

「もう一度捕まって北朝鮮に送還されたら生き延びられないと思います。次に捕まったら自殺するしかない」

リョンホさんはやつれきった表情で、そう声を絞り出した。

2004年4月、この父娘は、韓国の脱北難民支援のNGOの助けを借りてモンゴルに徒歩で密出国し、ようやく韓国入りを果たした。キョンミさんが最初に北朝鮮を脱出してから7年の時間が経っていた。
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