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リムジンガン1号~7号

復刻連載「北のサラムたち1」第47回 揺らぎ始めた世界最強の“情報封鎖”国家(3) 反金正日組織から来たという男

咸鏡北道羅津(ラジン)市の闇市場に入った筆者に鋭い眼差しを向ける男性。大飢饉最中の1998年3月撮影石丸次郎

これまで私は、十数年北朝鮮取材をしてきた中で、老若男女合わせて500人を超える北朝鮮の人たちと接触してきた。たったひと言言葉を交わしただけの人から、1年近く寝食を共にした人まで、その関わり方はさまざまである。

北朝鮮国内の取材過程で会った人もいるが、大部分は中国に渡ってきた越境者・難民たちだ。彼・彼女らが中国に逃れてきた動機は「食糧難と圧政から逃れるため」というのがほとんどだった。中には、親戚に援助を求めて、あるいは密輸目的で中国に出てきて、そのまま北朝鮮に帰るきっかけを失ったり、また北朝鮮で何らかの問題が生じ、身の危険を感じたために祖国へ戻れなくなったりした人もいた。

職業や身分も、農民、運転手、獣医、製紙工、軍需工場の労働者、保安員(警察)、保衛部員(秘密警察)、元在日朝鮮人、元韓国軍捕虜、学生、5歳の孤児、教師、鉄道員、軍人、放送局の記者、現役の経済官僚、密輸屋、職業不明の人……さまざまであった。

私が接触してきた人たちの中に、情報の取り扱いに格段の注意を要する人たちが何人かいた。それは、現在の北朝鮮社会を変えたいという志を抱き、行動を模索し始めた人たちである。ある人の場合は明確に「金正日独裁政権打倒」を目的に動いていた。

またある人は、北朝鮮に外部情報を持ち込むのが社会変革の第1歩との考えから、ラジオ、印刷物、ビデオなどを運び込むことに精を出していた。この人たちは北朝鮮と隣接する延辺地区に潜伏しているか、北朝鮮内に住みながら中国と行き来を続けており、安全のため、名前や顔はもちろん、年齢、職業、経歴、出身地、家族構成などの情報を秘匿する必要があった。私が出会った反体制への動きを始めた人たちについて、制約はあるが記しておきたいと思う。

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