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<イラク最新報告>モスルのイスラム教徒が、ISに拉致の女性の脱出手助け(写真2枚)

2014年に起きた過激派組織「イスラム国」(IS)によるイラクでの少数宗教ヤズディ教徒への襲撃。虐殺、女性拉致や強制結婚の実態は深刻だ。現地で直接、住民を取材するなかでいくつもの悲しみを見てきた。(玉本英子)

ヤズディ女性のマジダさんがISに監禁されていたモスル市東部。1月末、イラク軍などによりISは撤退したが、戦闘で多数の市民に死傷者がでた。写真は空爆で破壊された民家。(2017年2月下旬モスル市内にて撮影:玉本英子)


◆「私たちは同じ人間ということを忘れてはいけない」

19歳(当時)のヤズディ女性マジダさん(仮名)は夫を殺され、生後8カ月の乳児とともにモスルへ移送され、戦闘員と強制結婚させられた。死を覚悟して監禁された家から脱出し、夜中から明け方まで町をさまよった。たまたま通りにいた男性にかくまわれ、安全なクルド自治区へ逃れることができた。

昨年10月に始まったイラク軍のモスル奪還戦で、ISは町の一部から退却しつつある。戦闘と混乱が続くなか、マジダさんを助けた男性と電話で連絡をとることができた。今もモスルに暮らしているという。

「女性の悲痛な声に、ただ事ではないと思った」
イスラム教徒のアブドゥ・フセインさん(62)は当時の様子を話してくれた。まだ薄暗い明け方前の4時半ごろ、家の前で水をまいていた。通りの向こうから幼い子どもを抱えた女性が近づき、震える声で言った。「助けてください。私はヤズディ。戦闘員に見つかると殺される」

ヤズディ女性のマジダさん(仮名)。ISに拉致され、連れて行かれたモスルで脱出、イスラム教徒アブドゥ・フセインさんに助けられた。彼女は現在は子供とともにドイツへ渡り、心療ケアを受けている。(2015年イラク北部シャリアにて撮影・玉本英子)

IS支配地域では女性は外出時、顔や体を覆う黒いヘジャブ着用が義務づけられている。だが逃げてきたマジダさんは部屋着姿だった。近所の人に見つからないように、すぐに家に入れた。ヤズディ女性が売られているといううわさは聞いたことはあったが、実際に見たのは初めてだった。おびえる彼女に「あなたは私の娘と同じ。ISに通報しないから安心しなさい」と何度も声をかけ、クルド自治区にいる彼女の家族の携帯電話の番号にかけた。

ヤズディ教徒を助けたことがISに見つかれば、自分も家族も殺されかねない。それでも彼女と乳児を部屋の奥に隠し、5日間かくまった。脱出させるため、闇業者に700ドル(約8万円)を払って偽の身分証などを作った。その身分証でISの検問を抜けた彼女は、親戚の待つクルド自治区までたどりつくことができた。

その後、ISは情報統制を強め、モスル市民の携帯電話を禁止、使用が見つかれば処刑と布告した。2年以上、アブドゥさんの連絡は途絶えた。今年に入り、彼の地区にイラク軍が入り、ISを駆逐。ようやく電話がつながった。地区にいたIS戦闘員たちとその家族はすべて逃げ出したという。

「ISに怒りを感じるし、イスラム教徒としてヤズディの人たちに大変申し訳なく思う。宗教の違いを超えて私たちは同じ人間であるということを忘れてはいけないはずだ」とアブドゥさんは話す。

脱出したマジダさんは今、子供とともにドイツで心療ケアを受けている。アブドゥさんへは電話で感謝の言葉を何度も伝えてきたという。彼女は私に言った。「家族を殺し、私たちをレイプしたISを許すことはできない。イスラムへの恐怖心も消えない。それでもアブドゥさんを思う時、憎しみだけではないことに気づく」

「宗派や宗教の違い」というだけで、人が殺されてきたイラク。隣人関係や人々の心は引き裂かれ、コミュニティーが元に戻ることなど不可能ではないかとさえ感じる。だが、ヤズディ女性を命がけで助けたアブドゥさんの存在は、小さな光を与えてくれる。【玉本英子】

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2月28日付記事を加筆修正したものです)

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