アジアプレス・ネットワーク

核心の現場から伝える 報道ウェブジャーナル

リムジンガン1号~7号

<原発集団訴訟>福島地裁、国の責任認める(栗原佳子/新聞うずみ火)

福島原発訴訟、原告団長の中島孝さん(61)は「被害救済を求めるこの闘いの大きな足掛かりになった」と期待を込める(撮影・栗原佳子/新聞うずみ火)

◆津波対策を怠ったとして、国と東電の過失責任を認定

衆院選が公示された10月10日、福島地裁で、東京電力福島第1原発事故をめぐる注目の判決があった。原発事故の集団訴訟で最も多い3800人の被災者が原告に名を連ねる「生業(なりわい)を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟(「生業訴訟」)。地裁は、津波を予見できたのに対策を怠ったとして、国と東電の過失責任を認定。原告2900人に総額約5億円を支払うよう命じた。国と東電の責任を認めたのは3月の前橋地裁判決に続いて2例目。

「勝訴」の旗が躍り、歓声に包まれた地裁前。その日、同じ福島市内で第一声を上げたのが安倍首相。収穫目前の稲田を背に支援者を前に北朝鮮の脅威などを強調する演説をぶち、地元米のおにぎりを頬張ってみせた。「原発の『げ』の字もなかったそうです」。原告団長の中島孝さん(61)=相馬市=は苦笑する。

中島さんは福島第1原発から北約40キロ、太平洋に面した浜通りで生鮮食品を扱うスーパーを営んでいる。魚の行商をしていた父と店を設けたのが30数年前。黒潮と親潮が交じり合う海に育まれた地元の魚介類の味に魅せられ、それを地元の人に提供するのをなりわいとし、喜びとしてきた。

しかし震災後は、原発事故の影響で地元の魚が店頭から消えた。同業者の組合会長をしていた中島さんは「もう首を吊るしかない」という仲間の嘆きを何度も聞かされた。東電に賠償を求め、組合員とともに交渉を重ねたが難航を極めた。13年に訴訟が提起されると、マンモス原告団の束ね役になった。

「生業訴訟」の原告には、地元に残った人も、避難を選択した人もいる。職業も年齢もさまざま。福島県だけでなく、宮城、茨城、栃木からも参加、立場や被害状況を超え国と東電の責任を追及してきた。福島地裁判決は、国が定めた指針に基づく賠償対象地域を拡大するとともに、賠償額も上積み。制度の不備を浮き彫りにした格好だ。中島さんは「被害救済を求めるこの闘いの大きな足掛かりになった」と期待を込める。

◆避難した人、残った人も、福島県内外も区別なく被害救済を

判決は茨城県水戸市などの地域にも一部賠償を認めた。

久保田美奈穂さん(38)は震災の年、幼い2人の息子を連れ水戸市から沖縄に自主避難。「生業訴訟」では、約65人の沖縄在住の原告の代表を務め、法廷で意見陳述もした。判決当日は、那覇の会場と福島をネットでむすび、朗報を分かち合った。「国と東電に勝訴することができて本当にうれしい」と振り返る。
次のページ…

金正恩時代の中学校教科書資料集 DVD
Return Top