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リムジンガン1号~7号

阪神・淡路大震災23年 支援枠外の震災障害者(2)世間の無関心に苦しめられ

阪神・淡路大震災23年 支援枠外の震災障害者(1)>>

語り部として若い世代に震災体験を伝えている甲斐研太郎さん(2018年1月神戸市で撮影・矢野 宏/新聞うずみ火)

◆障害等級1級以外は「災害障害者見舞金」の対象外に

阪神・淡路大震災の発生から23年がたつ。だが、現在も支援の枠外に取り残された人たちがいる。震災で負傷し、後遺症が残った「震災障害者」だ。(矢野宏/新聞うずみ火)

「装具なしで普通に歩けるようにはなりました。ただ、靴は今もはけないし、足首が曲がらず屈むことができないのです」

神戸市東灘区魚崎北町の木造2階建て住宅の1階。23年前、甲斐研太郎さん(69)は倒れてきたタンスに両足首を挟まれ、その上に2階部分がのっかかった。隣で寝ていた妻は、倒れてきた戸板のすき間に挟まったが、ケガはなかった。「頑張れよ。きっと助けに来てくれるから」。

身体を冷やしてはいけないと、手探りで布団や毛布をかき集めた。その間にも足に痛みが走る。折れた床柱が目の前にあり、それを抱いて痛みに堪えた。

「甲斐さん、どうですか」。ほどなく、近所で助かった人が声をかけてくれた。二人とも命に別状がないことを告げ、「何時間もなるときついかもしれない」。
足がちぎれそうで痛い。埃を吸い込んで喉も乾いていた。

「この痛みから解放されるなら、家が小さいとか、ご飯がまずいとか、給料が安いとかどうでもいい。生かしてくれるなら誰かの役に立つ人間になりたい」
ふと手を伸ばすと、仏壇に供えてあったリンゴに触れた。

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レスキュー隊が駆けつけてくれたとき、日付変更線を越えていた。「甲斐さん、今から救出にかかりますから頑張ってください」。だが、余震のたびに救出活動がストップ。「上に乗っている物を南側の庭に捨ててください」と甲斐さんの言葉通り、瓦を投げ捨てる音が聞こえた。ライトが下ろされ、甲斐さんの位置を確認していく。ようやく、顔を見ながら会話できるところまできたが、大きな梁が作業を止めた。

梁を切断するか、持ち上げるか。切断すれば余震で二次災害を招く危険性がある。
「梁を浮かしてもらったら足を引き抜いて這い出しますから」。数十分後、隊員がジャッキを探してきた。下に角材をかまして梁を持ち上げ、足を引き抜いて這い出してきた甲斐さんを救出した。

甲斐さんのふくらはぎはパンパンに晴れ上がっていた。クラッシュ症候群。命を失うこともある。両足を40センチほど切開し、背中や太ももから切り取った組織を移植。退院したのは翌年3月のこと。生々しい傷跡は今も残り、足首はほぼ動かない。これまでの治療費は600万円ほどかかったという。

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