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リムジンガン1号~7号

〔シリア難民〕ドイツへの決死の脱出(5)なぜ私はドイツを目指したのか(アーカイブ)写真7枚

2015年9月、シリア北西部のコバニからドイツへ脱出したアル・バヤン紙の元特派員フェルハッド・ヘンミ記者(31)と家族。幼い子どもを抱えボートで海を越え、ギリシャの島に上陸。その後、アテネからマケドニア、セルビアを経由してハンガリーに入った。一家が目指す先はドイツだ。なぜ多くの難民がドイツを目指すのか、電話でのインタビュー記事を、今回、アーカイブとして掲載する。聞き手:玉本英子】
(※2015年初出のアーカイブ記事。情報等は当時のまま)

フェルハッドさんが携帯電話のカメラでマケドニア移動中に撮影した写真。故郷コバニからの難民たちだ。ほとんどの人たちが親戚のいるドイツなどを目指した。(フェルハッドさん撮影:2015年9月)

フェルハッドさんが携帯電話のカメラでマケドニア移動中に撮影した写真。故郷コバニからの難民たちだ。ほとんどの人たちが親戚のいるドイツなどを目指した。(フェルハッドさん撮影:2015年9月)

◆なぜ私はドイツを目指すのか
ギリシャの島にある町で出会った同郷コバニ出身の人たち14人のうち、半分ちかくがドイツを目指すということでした。私は英語が話せるので、当初イギリス行きを考えていました。しかし、また非合法な手段で海を渡るということは幼い子どもたちには過酷すぎると感じ、断念しました。

そして私たち家族もドイツ行きを決めました。想像してみてください。見ず知らずの国で生きていくのは大変なことです。誰も助けてはくれません。ドイツには、シリア内戦前に移住した私のきょうだい3人や、親類や知人が多く暮らしています。もちろん言葉の不安はありますが、親類がいるのは心強いと思いました。

ギリシャからの越境行為を統制するために投入されたマケドニアの警察部隊。一部で難民たちとの衝突も起きている。(2015年8月・マケドニア警察撮影映像)

ギリシャからの越境行為を統制するために投入されたマケドニアの警察部隊。一部で難民たちとの衝突も起きている。(2015年8月・マケドニア警察撮影映像)

 

同郷のグループの中にいた別の人は、ノルウェーを目指すと言っていました。オランダへ行くという人もいました。多くの理由が「親戚がいるから」ということでした。

アテネから隣国マケドニアまで長距離バスに乗りました。一人50ユーロ(約6500円)で、一般の人たちが乗るバスですが、乗客は内戦から必死に脱出した難民ばかりです。みんなパスポートも持っていませんが、ギリシャ側で発行された身分証明のための書類がありました。ですので一応、不法滞在にはなりません。それがあればバスでもタクシーでも乗れます。この書類がギリシャ国内での「パスポート」の代わりになっていました。しかしその書類は短い期限が決められている一時通行証のようなもので、すぐに移動しなければなりませんでした。

マケドニアの国境まで着くと、国境警備係官が難民を引き継ぐことになります。私たちはそこでマケドニア側の書類の発行を受け、マケドニア領内に入りました。そこにはバスが待ち受けていて、すぐさまセルビア国境へ向かいました。バスの運賃を払える者は20ユーロ払うのですが、払えない者は払わなくてもいいと言われました。このバスは難民のためだけのバスのようでした。

マケドニアからセルビアまで2時間ほどで着きました。国境を抜けるときは、「ここでは合法的に国境を通過することになる」とマケドニアの係官が言いました。ゲートを通過し、セルビア側の国境係官に引き渡されました。

ここでは難民に関する国どうしの合意ができているようで、予想したよりもスムーズに進みました。各機関のあいだで合意が交わされていて、難民に対応する仕組みができているようでした。それまでの情報では「国境越えは難しい」と聞いていたので、自分が国境を越えたとき、ホッとして体の力が抜けました。そこには世界中からたくさんの難民であふれていました。過激そうなイスラム教徒の姿も目にしたことが忘れられません。
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