
「右」の人たちとの討論やら靖国神社への考察などを書き記してみました。
【「靖国への手紙」を読む野中章弘】
それにしても、である。靖国をめぐる言説には決定的に「他者」が欠けている。たとえば「国のために命を捧げた英霊を祀る靖国神社を参拝して何が悪い」と開き直る小泉首相の頭の中にあるのは、日本の戦没者のことだけである。十五年戦争で犠牲となったのは三百十万人の日本人だけではない。日本の侵略戦争により、アジアでは二千万人の命が失われたといわれる。アジアには日本の数倍もの「死者」への痛みが存在している。靖国参拝を正当化する小泉首相の発言からは、その痛みに対する「悼み」の言葉はほとんど聞かれない。彼の中にあるのは、閉じられた「小さな自己」だけである。
十一月下旬、ぼくはソウルを訪れ、靖国への合祀取り下げ訴訟の原告である李熙子(イ・ヒジャ)さんの話を聞いた。一九四四年、彼女の父親は陸軍軍属として徴用され、中国広西省で戦病死している。死亡通知は一切届いていない。
戦後、金さんは日本軍の協力者としての父の汚名を晴らすため、朝鮮人軍人軍属の記録を調べ始めた。父の足跡が判明したのは戦後数十年も経ってからである。
「死んだということより、もっと驚いたことがありました。父は一九五九年に靖国神社に合祀されていたという事実です」
李さんは、「日本は祖国を植民地支配したうえ、私から父を奪っていきました。靖国はその日本の「英雄」として父を祀っているのですから、遺族にとっては耐え難い苦痛なのです」と怒りを込めて語っている。
故郷の墓地にある父親の墓標には、まだ何も刻まれていない。靖国から「魂」を抜かない限り、死者の魂はここへ戻らないのだという。
靖国に合祀された朝鮮半島出身者は二万一千人にのぼる。同じ植民地だった台湾でも約二万八千人が祀られており、やはり合祀の「絶止」を求める要求が高まっている。
「遺族を無視して追悼することは許されない」という李さんに対して、靖国側は「すべての人が合祀を誇りにしている」と答え、「あなたのお父さんは「神」になったのだから、抜くわけにはいかない」と合祀取り下げに応じる気配はない。
韓国から戻った後、ぼくは靖国の遊就館へ足を運んだ。遊就館は「慰霊」と「顕彰」という二つの役割を果たす靖国の思想の流れを詳しく紹介している。
特徴的なのは、戊辰戦争以来、天皇の名の下に戦われた戦争の歴史を数千点の資料で説明しているにもかかわらず、ここには戦争のもたらす「血」の匂いがまったくないことだ。戦争とは「殺し合い」である。戦場で目撃する光景は、頭や手足を吹き飛ばされ、うめき、もだえながら死んでいく兵士や人びとの姿である。そのような血みどろの現実を想起させるものは、一切消し去られている。
いや、正確には「血」を感じさせる仕掛けもないわけではない。それは「大和民族の血」である。いわゆる「民族の血」というものだ。
もうひとつ、遊就館は靖国の真髄は「慰霊」より、「顕彰」にあることを教えている。「国のために命を捧げる純粋な心を讃え、戦没者を神として祀ること」により、天皇の名の下に遂行された数々の戦争を「聖戦」と規定する。「顕彰」することで、靖国は「国民」を戦争に駆り立てる装置としての機能を果たす。戦死者を「英雄」として「顕彰」しなければ、誰も戦争には行きたがらない。
その点に留意すれば、靖国とは別の慰霊施設を建設するという案も靖国問題の本質的な解決とはならない。問題は「国のために戦い、死ぬことは名誉である」という思想であり、「国」に優越する価値を見出せない限り、ぼくらはいつでも「国家」の論理に絡めとられてしまう。
ぼくらは果たして「国家」を超える価値を見つけることができるのだろうか。靖国の社に佇みながら、その答えをぼくは考え続けていたのである。
(月刊「望星」06年2月掲載分---その4) 完



