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季刊誌 北朝鮮内部からの通信〜リムジンガン 第3号
発売開始!


ico_new2.gif最新報告 金正日「異変発生」後の北朝鮮 リムジンガン
三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 7
ポスト金正日体制が直面する五つの衝撃(承前)
■衝撃4 韓国の誘惑
朝鮮政権は、ずっと至上課題だと唱えてきた「祖国統一」などは脇において、いつの間にか…

ico_new2.gif最新報告 金正日「異変発生」後の北朝鮮 リムジンガン
三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 6
ポスト金正日体制が直面する五つの衝撃
望むと望まざるとにかかわらず、朝鮮はいずれ改革開放の道へ進むしかない。現行の制度と統治方式の改革を拒み続け…

ico_new2.gif最新報告 金正日「異変発生」後の北朝鮮 リムジンガン
三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 5
権力後継が困難な八つの理由(承前)
[7]後継するのはボロボロになった朝鮮
朝鮮の経済破綻は今や全世界が知るところである。その原因の筆頭が特権機関による経済分断にあることは…

ico_new2.gif最新報告 金正日「異変発生」後の北朝鮮 リムジンガン
三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 4
権力後継が困難な八つの理由(承前)
[5]がんじがらめの「一〇大原則」
金日成の最初の首領後継候補者は、実弟の金英柱だった。その彼が制定したのが「党の唯一思想体系確立のための一〇大原則」であった…

ico_new2.gif最新報告 金正日「異変発生」後の北朝鮮 リムジンガン
三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 3
権力後継が困難な八つの理由(承前)
[4]不安定で人民の支持がない「先軍政治」を継承するハイリスク
朝鮮では一九八〇年の第六次党大会以降、執権政党の党大会が開催できないという異常事態が二八年間…

ico_new2.gif最新報告 金正日「異変発生」後の北朝鮮 リムジンガン
三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 2
権力後継が困難な八つの理由(承前)
[2]思想闘争を受け継ぐことの困難
一九六〇年代、社会主義国家における重大な路線上の葛藤の一つは「『継続革命』か、否か」であった…

ico_new2.gif最新報告 金正日「異変発生」後の北朝鮮 リムジンガン
三代世襲は困難 「後継問題」に直面する北朝鮮政権 1
金正日に「異変発生」の報せが駆け巡って、朝鮮の行方について世界中が大きな関心を示している。その中でも、とりわけ注目されているのが、「ポスト金正日体制はどうなるのか」である…

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小倉清子のカトマンズジャーナル〜タバン村のヤムナのこと

ogura070727.jpgタバン村のヤムナのこと

 取材をしていて、何が楽しいといって、それはさまざまな人と出会えることである。パサンのように、何年も会いたい気持ちを持ち続けたあとに会ったときの感慨は、表現できないほどに深いものがあるが、たいていは偶然の出会いで、それでも強い印象を与えてくれた人がたくさんいる。

ヤムナという女性も、そうした、私がときどき思い出すマオイストの一人である。彼女とは、2005年4月にピュータン郡の北部で初めて会い、2,3日間行動を共にした。20歳代半ばのヤムナは、ピュータン郡で活動するマオイストの文化グループを率いるコマンダーで、話しているうちに、彼女がロルパ郡タバン村の出身であることがわかった。11日間連続ゼネストの最中に、歩いてきた私に、ヤムナは細かい心遣いをしてくれ、とても助かった。
  
 夕方、その日泊まることになっている民家に行く途中、私はヤムナといろいろな話をしながら歩いていた。彼女の落ち着いた雰囲気からはとても想像がつかなかったのだが、そのとき、彼女の夫が亡くなったばかりであることを知った。

ヤムナは、やはりロルパ出身のマオイストである夫の死因について、「内部の事故」であると話した。すでに、私は、この言葉が「爆発物の事故」を意味することを知っていたのだが、それ以上詳しいことは聞かなかった。この夜、ヤムナと一緒に民家でミルク粥の夕食をいただいたあと(村では思いもかけないご馳走で、大変美味しくいただいた)、学校の校庭で歌や踊り、そして劇のプログラムを見物した。ほとんどの歌をアコーデオンを弾きながらヤムナが歌っていた。

プログラムは夜中の12時すぎまで続き、私はヤムナのグループとともに、学校の近くにある民家に泊めてもらった。民家の家族と同じ部屋で、ふとんも何もない板ばりのベッドに、寝袋を敷いて寝るのだが、ベッドの下に鶏も同居しており、早朝から鳴きだしてほとんど眠れなかったことを思い出す。

 この年の10月にロルパのタバン村を再訪したとき、私はヤムナと偶然再会した。タバン村を離れる日、川を渡って山を登りだしたところ、道の脇にある家の庭先から「ディディ!」と、こちらに向かって呼びかける女性の声がした。声のした方を見ると、ヤムナだった。彼女は腕のなかに小さな赤ちゃんを抱えていた。亡くなった夫の忘れ形見の娘だった。

彼女が出産をしたばかりであることは、タバン村の人から聞いていたのだが、まさか、帰る日に彼女とその娘に会うことができるとは思っていなかった。彼女は出産のために村に戻ってから、党の活動を休み、育児に専念していたようだが、昨年3月にタバンを訪れたときには、娘の具合が悪くなり、ネパールガンジの病院に連れて行ったようで、会うことはできなかった。ヤムナと娘は今、どうしているのだろうか。

【写真】煉瓦工場でサランゲ・ナーツを踊るロルパの男たち。