第1回 ブッシュが北朝鮮をテロ支援国から外す日
今年もあと4か月。対北朝鮮政策をがらりと変えた米国が、金正日政権と関係改善するかどうか、その゛本気度゛のメルクマールとなるのが、年内にテロ支援国指定解除に踏み切るかどうかである。
![]() 【軍部隊を視察中の金正日総書記。朝米協議の行方は目が離せない】 |
ブッシュ大統領自ら、横田めぐみさんの両親ら拉致被害者家族と面談して、支援の姿勢を国際社会に強くアピールしたしてきた。
北朝鮮に強い圧力を加えて拉致問題を解決させるという安倍政権の戦略は、米国の強力な後押しがあってこそ、国際社会の中で一定の効力を持ち、孤立することもなかった。
ところが、それも今は昔。米国はがらりと方針を変えた。4月末に出た米国務省の「テロリズムに関する国別報告書」の中で、米国政府は、今年2月の朝米協議で北朝鮮のテロ支援国家指定を解除する作業を開始することに合意した、とはっきり書いた。(http//www.state.gov/s/ct/rls/crt/2006/)
さらに、5月の安倍首相訪米時、ライス国務長官ら高官は、
「テロ支援国指定解除は米国内法の問題であって拉致問題は解除の条件ではない。ただし、すぐ解除することはない」
と述べている。
これらの行動と発言から、北朝鮮が核無能力化プロセスを進めていくのであれば、米国はテロ指定国解除に踏み切ることを、さほど高い代価とは考えていないということがわかる。
北朝鮮は20年前にリストに入り
そもそも北朝鮮がテロ支援国家に指定されたのは1988年。87年の大韓航空機爆破事件を起こしたことによる。
以来、20年連続でリスト入りしているが、テロ支援国指定の理由のひとつに、よど号ハイジャック事件の容疑者を匿まっているこことが明記されている。
そして言うまでもなく、赤軍派よど号グループは、有本恵子さんらの拉致に関わった疑いが濃厚である。
米国がテロ支援国指定を解除するということは、拉致問題に対する外交的重要度を、米国が明確に格下げするということに他ならない。解除されると、安部政権にとっては手痛い外交失点になる。
![]() 【拉致から間もなく北朝鮮で撮影された横田めぐみさん。被害者家族はブッシュ政権の「変節」をどう受け止めただろうか】 |
まず、軍事物資関連の品目や技術の貿易が止められる。そして、米商務省の統制品目に含まれる、軍事転用可能と見なされる民間用物資の貿易も止められる。
国際金融機関の借款供与も実質的に受けられなくなる。
また、一般の貿易優遇措置や、北朝鮮への投資者は、税制優遇も受けられなくなる。
北朝鮮が、テロ支援国指定解除をまず実現したいと考えるのは、それが、対米関係改善の入り口にある関所のようなものだからだ。ここを通過しない限り、関係改善の次のステップには進めないのだ。
急展開!米国はリスト除外を決意か
テロ支援国解除は、もはや時間の問題だろう、と書こうとしていたところに、ソウル発ロイター伝が「米国が北朝鮮をテロ支援国リストから除外することに合意したと、朝鮮中央通信が伝えた」と報じた(9/3付け)。
9月1、2日にスイスのジュネーブで行われたクリストファー・ヒル次官補と金桂寛(キム・ゲグァン)外務次官との会談で話し合われたのは
1.北朝鮮の核施設無能力化とすべての核プログラムの報告の問題
2.北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除問題
3.敵性国交易法の適用終了問題
4.日本人拉致問題、など、と各メディアが伝えていた。
会談では相当具体的でつっこんだ話し合いがなされたと思われる。
ロイターの報道が事実ならば、米国から日本政府には事前に通告があったはずだ。
当然日本政府は、条件、あるいは要望を出したことだろう。
9月4-5日にモンゴルで開かれる日朝国交正常化部会で、いくつかの新しい展開が見える可能性がある。
・よど号グループ(およびその妻子)の北朝鮮からの離脱・帰国
・北朝鮮による拉致問題の再調査表明
この2点が北朝鮮側から提示される可能性があると思う。
求められる新しい対北朝鮮外交
米国とはつくづぐ自分勝手な国である。
数年前まで、ブッシュ大統領は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、レジームチェンジ(体制転換)にまで言及していた。その威をバックに、日本でも多くの政治家や評論家、ジャーナリストが「さらに圧力を!」と叫んできた。
だが、その言説が、外交上、本当に有効たり得るものなのか、勇ましいだけで内容の無いものなのか、省みられることはあまりなかった。
米国の心変わりを「裏切り」と嘆いても詮無いことである。
むしろ、対米追従一辺倒から自立外交への奇貨とすればよい。
政治家には、新しい対北朝鮮政策のあり方を大いに議論してもらいたい。
言い換えると、日本は朝鮮半島政策の建て直しが急務になっているのだが、参院選で大敗北を喫した安部首相は、己のレジームの延命に汲々として、それどころではないのかもしれない。





