ミャンマー(ビルマ) 軍事政権による民衆デモ弾圧と日本人記者殺害
「日本人が巻き込まれないとベタ記事にもならない」
こういう話を聞くことはしょっちゅうだ。毎度のことだが、日本のメディアというのは、日本人が巻き込まれると、報道の力の入れ方が変わる。事件に日本人が関係するかしないかで、雑誌の売れ行きやテレビの視聴率が断然違うのだ。いま、イラクで自爆攻撃事件が起き、50人ぐらいが死んだ「ぐらい」の事件は、日本ではニュースにもならない。
イラクなどの危険地帯の最前線取材でどれほど危険な目に遭おうと、現場で苦しみに直面する人びとの姿を取材しようとも、日本人が巻き込まれない限り、日本のテレビや雑誌がそれをそのままとりあげてくれる機会はほとんどない。
すべての記者がこの現実を知っている。フリーランスならそれは発表の機会がないということでもある。フリーの場合、メディアを通して発表できなければ、経費すらでない。なによりもつらいのは、自分のカメラに向かって、懸命に話してくれた人びとの声を伝えることが出来ないということだ。フリーランスのほとんどがそう感じるように、おそらく長井さんも、取材を通して、こうした経験をしてきたことだろう。
![]() 【軍事政権による人権抑圧に対し日本や国際社会が関心を寄せるよう訴える在日ミャンマー人たち(10月2日/東京・国連大学前で)】撮影:坂本卓 |
長井さんが殺害されなければ、ミャンマーでの大規模なデモも新聞なら「僧侶と市民がデモ、軍が鎮圧」などと数行のベタ記事程度だったかもしれないし、テレビのニュース枠なら10秒にも満たない「報道」だったろう。
すくなくとも15年ぐらい前ならば、いまに比べると、まだテレビの「国際報道」の枠は大きかったし、夜のニュースで10分の特集というのもあった。いま、チャンネル数は増え、放送機器も凄まじく進歩した。だが、国際報道は衛星BS放送や、深夜(といういより早朝4時ごろ)のニュースに追いやられる編成があたりまえとなった。普通の人が世界で起きているさまざまな出来事に、なんとなくでも接する機会は格段に減少した。
そんな日本のメディアがおかれた現実のなかで、企業内ジャーナリストであっても、フリーランスであっても、良心ある報道人たちは、格闘してきた。そういう人たちを見てきたし、自分もそうなれればいいな、と思ってきた。
長井さんの遺体が、日本に戻ったことで、「瞬間風速」だけ凄まじかったミャンマー報道は、もう終わろうとしている。イラクで日本人が巻き込まれたいくつもの事件で、私たちは同じようなことを経験した。
これまでミャンマーでなにが起きてきたか。なぜ軍政が続いてきたのか。世界、日本、そして私たちは、こうしたことにどう向き合ってきたか。遠く離れている人びとの声に耳を傾け、思いを馳せることがどれだけできてきたか。関心をもとうとしてきたか。まずこれらを問い返してから、冥福を祈っても、遅くはない。
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