![]() 【兵士に撃たれた直後の長井健司氏(映像:DVB)】 |
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「誰も行かないところに誰かが行かねばならない」
9月27日、ビルマ(ミャンマー)で取材中に射殺された長井健司は、いつもそう語っていたという。たとえ戦場であっても、誰かがそこに行かねば、戦争の実相を記録することはできない。戦争取材の現場はまず戦場にある。それはジャーナリストという職業の基本的な了解事項といっていい。
長井はパレスチナ、イラクなど現代の戦争や紛争を取材してきた経験豊かな映像ジャーナリストであり、混乱の予想されるビルマへ行くことにも躊躇はなかったに違いない。射殺された瞬間を記録したビデオからも、彼がデモの人々と鎮圧にあたった軍、警察の衝突の最前線で取材をしていたことがわかる。
その場所を選ぶのはもっとも迫力のある「絵(画)」を撮るためであり、カメラを持つ人間ならきわめて自然なポジショニング(位置取り)である。
ただ、今回の場合、デモ隊への発砲をためらわないビルマ軍兵士との距離感が妥当であったかどうか。
「判断ミス」はなかったのか。
「死」を避けることはできなかったのか。
長井の死については、私なりの見方があるが、それは後述する。
この稿ではマスメディアに所属する企業内ジャーナリストとの差異に留意しながら、フリーランスの現状とあり方について考えていきたい。
前半部でフリーランスの現状を大づかみに把握したうえで、後半部は「なぜフリーランスなのか」というジャーナリストの「志」の部分をマスメディアと対比しながら、述べてみる。
生涯賃金はテレビ局社員の五分の一以下
![]() 【画面左にデモを取材中の長井健司氏の姿が見える(映像:DVB)】 |
「長井のような」というのは、小型ビデオや(スチール)カメラで国際紛争などの取材を行う映像(ビジュアル)ジャーナリストを指す。
「自称」ではなく、実際にテレビのニュース、ドキュメンタリー番組や雑誌、単行本などを仕事場とする人たちのことだ。
私の周囲で思いつく名前を挙げてみる。
「DAYS JAPAN」編集長の広河隆一、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会会員所属の土井敏邦、森住卓、豊田直巳、桃井和馬たち。ジャパンプレスの佐藤和孝、山本美香。アジアプレス・インターナショナル(以下、アジアプレス)の石丸次郎、古居みずえ、坂本卓、玉本英子、綿井健陽、渋谷敦志たち。
ビデオ・ジャーナリストの神保哲生、その他、遠藤正雄、宮嶋茂樹、村田信一、亀山亮、バンコク在住の後藤勝など。山本宗補と宇田有三はフォト・ジャーナリストとして、長年ビルマ報道に携わってきた。
この他にも、いちいち名前は挙げないが、旧ユーゴ、イラク、アフガン、パレスチナ、チェチェン、スーダン、ソマリアなどで活躍したフリーランスもいる。結局のところ、映像ジャーナリズムの分野で実績を重ねている、おもなフリーランスの数は、20数名といったところだろうか。
彼らは何らかの組織に属してはいても、いわゆる雇用契約を結んでいるわけではない。例えば私の主宰するアジアプレスの場合、事務所の雑務を担う数人の専従スタッフを除けば、メンバーの全員がフリーランスであり、アジアプレスは彼らの仕事の支援を行う。
これらのジャーナリストたちの名前を挙げながら、改めて思うのは、年齢層が高いことである。20代はひとりもいない。私の実感では、フリーランスを選択する若い人たちはここ十数年で激減している。何故か。理由は経済的なメドが立たないことに尽きる。アジアプレスでも、20代のメンバーはやはりゼロである。
(敬称略) 〜続く〜
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